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19世紀近代絵画の体現者 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー回顧展

「コロー 光と追憶の変奏曲」

  • 杉江 隆

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2008年7月15日(火)

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 東京・上野公園にある国立西洋美術館において、「コロー 光と追憶の変奏曲」が8月31日まで開催されています(9月13日~12月7日 神戸市立博物館)。

 日本でのコローの回顧展は1989年に次いで2度目となりますが、今回はルーブル美術館の全面的な協力のもと、国内外から集められたコローの名作94点に加えて、彼の影響を強く受けたとされるルノワールやモネ、マティス、ブラックなど25点の作品も併せて展示されています。



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『モルトフォンテーヌの想い出』 ルーブル美術館 1864年 (c) Photo: RMN/ Ren-Gabriel Ojda/ distributed by DNPAC

19世紀の美術激動期を生きたコロー、その足跡と後継者への遺産

 本展には大きな目的が2つあります。その1は、世界中の美術館やコレクターから集められた傑作を通してコローの全体像を把握すること。そして2つ目は、コローとその後継者たちの作品を比較し、近代美術の祖として活躍した彼の役割とその影響力を解き明かすことです。

 19世紀は、まさに絵画の激動期でした。彼はロマン主義から出発し、新古典主義、ロマン主義、レアリスム、自然主義、印象主義、ジャポニズムなど、この時代に沸き起こったあらゆる画法、技法に接しました。しかし、コロー研究家によると、彼はこのような混沌の中にあっても、その感受性、表現形式を失うことなく、独自の境地を開いた稀有な作家であると評価しています。

 「19世紀近代絵画の体現者」。これがコローに冠せられた賛辞といえるでしょう。

26歳という遅い出発。しかし鋭敏なレアリスムと誌的世界が

 さて、コローの歩んだ人生を振り返ることにしましょう。ジャン=バティスト・カミーユ・コロー(1796-1875)は、父親がラシャ卸売業、母親は高級婦人帽店経営というパリの裕福な家庭の息子として生まれました。その後、父親の勧めでパリの織物商の店員となりますが、絵画に対する強い興味から、日々スケッチに明け暮れていました。26歳の時、父親から画家の道へ進むことを許され、コローが初めて師事したのは、新古典主義の風景画家アシル・ミシャロンとヴィクトール・ベルタンでした。

 1825年から1828年には念願のイタリアに留学、イタリア滞在中にパリのサロンに出品した「ローマ郊外」は、初入選を果たしています。

 1834年、コローは再びイタリアを訪れ、半年の滞在でベニスやフィレンツェ、コモ湖などを訪れ、「フィレンツェ、ボボリ公園からの眺め」など、明るい光と色彩に満ちた風景画を描いています。その後は神話や文学を題材とした物語的風景画を出品し、画家としての地位を着々と築いていきます。

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