第1回は工学博士にして失敗学の草分けである畑村洋太郎さん。六本木ヒルズの回転ドア、JR福知山線の脱線事故などでは、調査依頼を受けるより前に腕まくりして現場に飛び込んで、責任追及ではなく、その失敗の原因をとことん探究してきた。
一昔前は「失敗はあってはならぬもの」という考えがあった。いまもその風潮は確かにある。だが、その一方で、畑村洋太郎さんが“失敗学”を始めてからは、「不可避な失敗もある」「失敗を次に生かす」などの考え方も論じられるようになった。ストレスと関係する失敗の“その先”に何があるだろう。
−−現代社会は、失敗を強いる社会構造でありながら失敗を許さないという、非常にストレスフルな社会になっていないでしょうか? たとえば企業は、成果主義という名のもとに、サラリーマンに「どんどんチャレンジせよ」と言いながら、一方で「リスクは回避できて当たり前」「ロジカルに考えれば成功できるはず」とプレッシャーを与えます。失敗に対する寛容さを失っていると思えてなりません。
畑村洋太郎(はたむら・ようたろう) 工学博士。東京大学名誉教授。工学院大学グローバルエンジニアリング学部機械創造工学科教授。著書『失敗学のすすめ』『失敗学実践講義 だから失敗は繰り返される』『起業と倒産の失敗学』など。
畑村:いま言われている成果主義は、社会全体が持っているいろんな力や可能性のうち、お金に換算できるところだけに安易に着目している。蛸がお腹をすかせて自分の足を食べるのと同じ。自分の可能性を自ら奪っているようなものでしかない。
それで何が起きているかと言ったら、とにかく明日も生きていくという一番大事なことをおろそかにして、再生産活動を台無しにしている。
つまり農業でいったら、次の収穫に絶対に必要な種籾まで食べちゃっているようなもの。少し考えたらわかるけれど、短時間で成績を上げることを求められたら、次の収穫などできやしない。そういう食い潰しの果てがいまの鬱や自殺の増加だよ。
−− 短期のうちに利益を上げることが組織にとって正しいこととされれば、そこに属している人は、「なんかおかしいな」と感じても、組織の論理を疑うより「正しいことを実行できない自分のほうがおかしい」と責め出すのかもしれません。
畑村:サラリーマンだと組織全体の動きに抵抗できないでしょう。抵抗できないのに「全体を改める方に注力すべきだ」という形式主義でものを言う人が多すぎる。
けれど、そういう評論家的意見で自分の行動を判断するのではなく、本当に生きる種まで手をつけることになるような、切羽詰まった事態に追いつめられたと感じたら、さっさとその状況から逃げてしまえばいい。
−− もがき苦しいのに、ついがんばっている自分に意味を見いだしがちです。それにしても、日本はここ10年以上、成功体験よりも失敗体験を積み重ねています。スピードを重視して大惨事を起こしたJR福知山線の脱線事故、三菱自動車のリコール隠しなど、短期的な目標に邁進することが大きな問題を生むという教訓を得ています。そうした経験を人が生きやすいようなシステムに活用し、失敗を成功に転化するにはどうすればいいでしょう。
畑村:失敗しない何かのシステムをつくったらちゃんといくだろうとか、誰かが助けてくれるだろうと思うかもしれないけど、そんなことはないからね。
所属している組織に関係なく、最後はひとりで生きていくしかない。助けを期待したり、援助されることを期待していることがおかしい。
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