「NBO新書レビュー」

「互いに血をすすりあおう」日本の戦後外交を海から見直す〜『「海洋国家」日本の戦後史』
宮城大蔵著(評:山岡淳一郎)

ちくま新書、720円(税別)

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2008年7月18日(金)

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評者の読了時間4時間00分

「海洋国家」日本の戦後史

「海洋国家」日本の戦後史』宮城大蔵著、ちくま新書、720円(税別)

 タイトルを見て、思わず手に取った。と、いうのも、海運や造船をモチーフにした歴史ノンフィクションの執筆にとりかかっており、これは見逃せない、と職業的直感が働いたのだ。ところが……表紙扉を開いて、やや肩透かしを食らった。

 「アジア」と日本の外交史が書かれており、期待していた海運に関する記述はほとんどない。「海洋国家」日本というタイトルは、象徴的な意味でつけられたようだ。ふつうならゴメンナサイ、早とちりでした、と閉じてしまうのだが、章立てを眺めていて、興味がわいてきた。

 1.「アジア」の誕生―バンドン会議と日本のジレンマ/2.日本の「南進」とその波紋―独立と冷戦の間で/3.脱植民地化をめぐる攻防―日英の確執、中国との綱引き/4.戦後アジアの転換点―1965年/5.アジア冷戦の溶解―米中接近と「中国問題」の浮上……と戦後の復興期から70年代後半までの「アジア」と日本の政治関係の変容が描かれている。

 読みだすと、これが面白い。蕎麦屋に入ったら、焼肉が出てきたのだけれど、食べてみたらすこぶる美味い。しっかり平らげ、満足。そんな新書である。

 とくに東南アジアの大国インドネシアと日本の政治家とのかかわりが整理されて描かれている点が、新鮮だ。

 これまでにも、首相だった岸信介が戦後処理で、スカルノ大統領と総額8億ドルの賠償をまとめた1957年頃から、自民党とインドネシア要人の間に政治資金の還流ルートができていたらしいことは、資料で読んでいた。

 背景に、日本の工業力とインドネシアの石油やボーキサイト、ゴムなどの資源を結びつけ、日本を「アジアの工場」にして経済力を高めさせる一方でアジアの物資不足を解消させ、社会不安を取り除いて、共産主義の浸透を防ごうとする米国の思惑があったことも、知られている。

 あるいはスカルノ大統領の第三夫人だったデヴィ夫人(日本名:根本七保子)が、日本とインドネシアの経済交流に積極的役割を担った話も聞きかじっていた。65年9月のクーデターでスカルノを追い落としたスハルトは、共産党の関係者とみられる人びとを数十万人も虐殺したといわれる。デヴィ夫人は、夫の失脚後、フランスに亡命した。そのタレント姿からは想像もできない現代史の凄絶な修羅場をデヴィさんはくぐっている。

 しかし、どれも断片的な知識で、わたしにとってインドネシアはどこか遠い存在だった。本書は、そのバラバラの点と点を結んでくれた。

 太平洋戦争で近隣諸国に多大な犠牲を強いた日本は、サンフランシスコ講和条約の発効で米国を中心とする連合国の占領を解かれ、国際舞台に復帰した。しかし、足もとのアジアにはスムーズにとけ込めない。サンフランシスコ講和会議に中国、朝鮮は招待されず、インドやビルマは出席を拒否。インドネシアは講和条約に調印したものの、賠償条件に不満で、議会が条約を批准しなかった。

アジアの海を漂流する日本、バンドン会議に碇を降ろす

 日本はアジアで浮いていた。

 そんな日本が「脱植民地化」で次々と主権国家が誕生するアジアに再デビューしたのは1955年の「アジア・アフリカ会議」。インドネシアの開催地の名をとって「バンドン会議」とも呼ばれる。会議では、「平和共存」を志向するインド、中国、インドネシアと、これを「平和攻勢」ととるパキスタン、トルコ、フィリピンなど自由主義陣営が激しく衝突した。冷戦構造を反映して、平和宣言案はまとまらない。

 そこで国連憲章を尊重し、経済問題を強調した日本の玉虫色の平和宣言案が見直される。中国代表の周恩来が日本案に賛同したのを機に流れが変わり、「バンドン宣言」が発表された。著者は記す。

〈「反共最大の大物」として共産主義を相手に立ち回るのではなく、経済によって日本とアジアを広く繋げること、それがバンドン会議に際して日本が選ぶことになった方針であった〉

 吉田茂は「賠償は一種の投資である」と発言したが、実務レベルでも賠償支払いが現金ではなく、生産物や役務の提供で行われた。日本企業が商品を輸出し、相手国の建設プロジェクトを請け負う形が定着する。インドネシアと日本の賠償交渉では、トップ会談に先立って、財界から送り込まれた特使がスカルノにこう述べたという。

〈日本には古来兄弟の契りを誓い合う際、共に血をすすりあって行う習慣がある〉〈岸総理とスカルノ大統領が共に血をすすりあって日「イ」両国が兄弟の交わりをすることが出来るようご援助を得たい〉(外務省外交記録)

 自民党とインドネシア要人との政治資金のパイプは、こうしたドロドロとしたアジア的情念(?)でつくられた、ともいえようか。

 岸―スカルノ交渉の過程で、表題「海洋国家」日本の発想のもとになったと思われる出来事が起きている。インドネシア政府は、旧宗主国オランダの資本を接収すると、たちまち経済運営に行きづまった。インドネシアは1万7千以上もの島々からなる群島国家だ。接収を察知して、オランダ資本の船が逃避したために海運が途絶したのである。

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著者プロフィール

山岡 淳一郎
(やまおか・じゅんいちろう)

山岡 淳一郎1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマとして、政治、経済、近現代史、医療、建築など幅広く執筆。「3・11」以後は、福島県南相馬市、相馬市、福島市などで取材を重ね、「アエラ」他に連続的に短編ノンフィクションを掲載中。『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄 封じられた資源戦略』『国民皆保険が危ない』『原発と権力 戦後から辿る支配者の系譜』ほか著書多数。ブログはこちら。(写真:GOH FUJIMAKI)

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