五月三十一日から、またラオスに来てしまった。今回のメンバーは私を含めて三人、中里俊英、小桧山賢二の御両名。中里さんは甲虫一般、小桧山さんは画像が専門、それもゾウムシのみごとな画像を作る。

小桧山さんの著書 「虫をめぐるデジタルな冒険」
すでに紹介したことがあるが、小桧山さんの画像は、説明するより、見たほうがいい。要するに全体にピントがあった虫の写真だが、これはコンピュータで合成するしかない。小桧山さんはその専門家なのである。
虫は小さいから、もちろん画面で見れば、かなりの拡大になる。その迫力に加えて、全面にピントが合っているから、細密画のような印象を同時に受ける。こうした画像が普及すれば、世間のものの見方もかなり変わるかもしれない。
精密に見た虫の世界は、驚きに満ちている。じつに凝った美しさである。しかも構造の詳細を見ると、こんなものがどうしてできて来るのかという、いわゆる自然の驚異を感じる。「神は詳細に宿る」。
それはともかく、またまたラオス。若原君の一行には、今度は大学院生が二人、加わっている。愛媛大学の山迫君と、北大の蓑島君。山迫君はカミキリ、簑島君はガムシ。全員で六人だから、前回とあまり変わらない。虫採りの大集団である。
行く先は若原君次第、六月一日ヴィエンチャンを出て北へ向かった。北には前回も行ったヴァンヴィエンがある。そこを通り越して、かつてラオスの首都だった古都ルアンプラヴァンに向かう。地図上では全行程364キロ。
むろん一日では行けない。虫採りなんていう、余計なことをするからである。途中、サラプクンで一泊。ここは地図にはプークーン Phou Khoun とあるが、実際には前に Sala がつくという。ラオスの地名は日本ほど固定しておらず、まあ通称とでもいうべきか。
おかげでこちらは迷う。同じ地名も多い。今回のルート沿いにも、地図で見るとポンサヴァンがある。前回行ったポンサヴァンは、シェンクアン省の中心地だが、今回通るポンサヴァンは、それとはなんの関係もない。
町や村の名前がどのくらいいい加減かというと、前回滞在したムアン村は、Ban Muang で、Ban は村、Muang は町である。日本にも町村さんは確かに居るが、地名としては変ではないか。15キロ村なんていうのも、ふつうにある。どこから15キロなのか、近所の人しかわからない。新村、Ban Noi も多い。
町村も新村も日本では苗字になっている。明治時代に急いで苗字をつけたから、こういうことになったとすると、ラオスの地名も、フランス人が入ってきたときに、急いでつけたのかもしれない。それ以前はいろいろな名前で呼ばれていた可能性もある。同じ村を、あっちではこう呼び、こっちではああ呼ぶ。自分たちはそれとは別に、俺村と呼んだりしていたかもしれない。ラオスの柳田國男に聞くしかあるまい。
ルアンプラヴァン、若原流の現地発音だとルアンパバンに向かう道は、途中サラプクンで二つに分かれる。北に行けばルアンプラヴァン、東に行けばシェンクアン省のポンサヴァン。

こちらが最初に宿泊したプクン・ゲストハウス
サラプクンで当てにしていたホテルは、ただいま建設中。できあがってないのに、泊るわけに行かない。若原君が急ぎ宿を探してくる。プクン・ゲスト・ハウス。宿の名前にサラはついていない。小さな旅館をラオスではゲスト・ハウスという。風呂とトイレは共用だが、それ以外に問題はない。宿の入り口の扉には、クチカクシゾウムシが何匹か、くっついている。まことに結構な宿ではないか。
サラプクンの標高は千三百メートルを越える。町に着く前の山岳の景色に見とれる。石灰岩の山々がつらなり、近くに一つ、孤立した高峰が見える。まさに奇巌城。表現が古いのは、むろん私の歳のせい。地図で見ると、標高は1990メートル。

今回の山の様子
若原君が選んだ宿だけあって、宿の中で昆虫採集ができる。私は部屋に入ったとたん、ゴキブリを毒ビンに入れて外に出した。床の上のコオロギは動かないので、そのままにしておいた。ゴキブリを放っておくと、顔の上を歩くかもしれない。それでは目が覚めてしまう。
外が暗くなって、明かりがつくと、皆さん、あれこれ忙しい。廊下のあちこちに虫がいる。むろんゾウムシもいる。
日本ではこういう宿は少なくなってしまった。虫が来るのを、客が嫌うと思うのであろう。そういうことを勝手に決めるから、世の中、だんだん居心地が悪くなる。虫の好きな客だって、現にここにいるではないか。
そういえば、三重の秋田君から、瀞ホテルが廃業したという連絡を貰った。紀伊半島に採集に行ったとき、泊ったことがある。大正十五年築の由緒あるホテルだった。ただし二人で泊ったときは、連休中の土曜日だというのに、客はわれわれだけ。通された部屋の廊下には昼間からカーテンがかかっていた。おかみさんが「虫が入るから、カーテンは開けないでください」。こういう宿は、現代ではむろん廃業である。
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