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ただの史実には興味ありません~『いくさ物語の世界』
日下力著(評:尹雄大)

岩波新書、740円(税別)

2008年7月24日(木)

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いくさ物語の世界──中世軍記文学を読む

いくさ物語の世界──中世軍記文学を読む』日下力著、岩波新書、740円(税別)

 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり──。

 その哀調を帯びた巻頭の美文で『平家物語』は、つとに知られている。

 『平家物語』に見られる文学的発達は、上皇と天皇の対立を描いた『保元物語』を皮切りに、後白河院の近臣による政変を綴った『平治物語』を経て、磨かれてきたと、これまで考えられていた。

 また、『平家物語』に続く『承久記』を合わせ、これを「四部の合戦状」と呼ぶ。1156年の保元のから1221年の承久の乱まで、この65年間にそれぞれの軍記は経年で綴られていったとする見解も一般的であったという。

 だが、現在ではこの4作は1230年前後から1240年にかけ、さほど時をわかたず編まれたことがわかったという。その理由を著者はこう指摘する。

〈過去の戦いを振りかえり文字化しえた背景には、久しぶりに訪れた平和があった〉

 つまり、『保元物語』『平治物語』『平家物語』『承久記』は、鎌倉の「戦後文学」だったわけだ。

 本著はこうした軍記、著者いうところの「いくさの物語」が平和の達成された時代のどういう要請から紡がれ、何を描こうとしたかを明らかにする。

 たとえば、『愚管抄』で名高い慈円は、保元の乱をこれまでのような朝廷の争乱と見ず、こう喝破した。

「むさ(武者)の世になりにけるなり」

 すなわち、平和な世になって語られ出した「戦後文学」の作者らは、鎌倉幕府を築くにいたった時代の胎動に自覚的であり、そこに関心を向けたわけだ。

非日常と「真の実力」へのあこがれ

 平安と鎌倉を画したのは「武」であった。後鳥羽院のように「自ら武を身につけようと」するなど、朝廷においても武を渇望する気風のみなぎりが見られ、その勢いは、衛門府などの警察力から、北面の武士をはじめとした軍団の設置といったような制度の変化にも認められる。

 だが、都という整序された空間に住むものにとって、武は、まずは非日常的な異形のものとして印象づけられた。格好の例が『保元物語』に登場する源為朝だ。

 身長は2メートルを超え、生まれつきの弓の名人の証として、左手は右手より12センチ長く、その弓の弦を張るにも3人がかりで、長さは3メートル40センチに達した。矢を放てば敵の鎧の胸板を射通し、背後にいた武士の袖まで射抜き、また鞍に串刺しにしてしまうほどの人間離れした強弓ぶり。

 為朝は戦いに敗れた後、肩の関節を外され、島流しにされるが、配流先の島でふたたび暴れ回り、最後は自害して果てる。

 為朝に対する描写は、何事につけ大きさが誇張され、狼藉ぶりすら賛美の対象となっている。その理由を著者は、〈問題解決のかぎを握るのは武力と認識され、歴史上、それが証明されもしていた時代の環境が、作者に大きく作用した〉からだと推察する。

 ここからうかがえるのは、武士とは従来の制度をものともせず、実力で己の存在を獲得することに躊躇いのない存在だということだ。

 いくさの物語は、剥き出しの暴力であっても、生命の横溢をそこに見る。そうした鎌倉の戦後文学の成立した土壌を著者はこう読み解く。

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