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みんな、自分の話がしたくてしょうがない~『煩悩の文法』
定延利之著(評:三浦天紗子)

ちくま新書、680円(税別)

  • 三浦 天紗子

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2008年7月28日(月)

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評者の読了時間2時間30分

 私たちが日頃何気なく話している言葉は、必ずしも教科書に出てくるような文法に則ってはいない。「ら」抜き言葉は言うに及ばず、「度数余剰」などもそうである。

 ある男性が結婚離婚を繰り返し、3人の女性と結婚した場合、「あの人は生涯で奥さんが3回変わりました」という言い方をする人もいるはずだ。しかし、文法的には「変わった」のは2回である。ところが、アンケート調査をしてみると、3回という言い方でも構わないとした人が過半数いたという。

 これを、著者は「体験の文法が、知識の文法を超えた」例として捉える。文法は、確立しているように見えるシステム(=知識の文法)だが、実は、日常のおしゃべりやものの言い方からできあがっている部分(=体験の文法)もある。そして、会話というものは常に、「自分の体験を語りたい」という煩悩にまみれている、と著者は分析している。

 本書は、体験談を語りたがる気持ちが、日本語の文法システムをいかに形づくっていくかを論じた一冊である。

「庭に木がある」 「庭で木がある」

 という2つの文を比較すると、後者は変な感じがする。しかし、

「庭にパーティーがある」 「庭でパーティーがある」

 の場合は、前者が不自然に響く。

 これは、「木」はモノであり、「パーティー」はデキゴト(コト)と別物だからだ。モノの存在場所には「に」をつけ、コトが起きる場所には「で」を使う。そして、「木がある」というのは状態であって、デキゴトではない。これが知識の文法に合致した説明である。

 ところが、ここに「体験」が加わると、状態はデキゴト化する。もう一つ、本書からの例を引いてみる。

 ある話者が4色ボールペンを手に、「こういう便利なモノは日本にしかないだろう」と話しかけたとき、相手が

「4色ボールペン、北京にありますよ」

 と返したとする。これは、4色ボールペンというモノの存在場所を表す「北京」に「に」をつけているから、自然である。しかし、

「4色ボールペン、北京でありましたよ」

 という発言も、不自然ではない。なぜか。

「面白い体験」だけがデキゴト化を許される

 「北京にありますよ」発言は、4色ボールペンが日本だけでなく北京にもあることを知識として知っていれば誰でも発言できる。対して、「北京でありましたよ」発言は、当人が北京の街を歩いていたら4色ボールペンを見つけたというような体験がキーになっている。つまり、北京の街にすでに存在していたモノ=状態が、発見という体験を通してデキゴト化しているのだ。

 ここで、「状態」がデキゴト化しないケースもあるのではないか、という疑問が湧く。しかし、著者によれば、ほとんどの「状態」はデキゴト化してしまう運命にあるという。南沙織が歌い、森高千里がカバーした「17才」という歌謡曲に「私はいま 生きている」というフレーズがあるが、これが根拠らしい。

〈一瞬の状態は、たしかにそれじたいでは状態でしかない。/だが、私たちがその状態を「生きる」ことによって、その状態は、私たちの人生の一部となり、立派なデキゴトとなるのだ〉

 だが、先の「庭で木がある」は、「私は庭を歩いていたときに木があることを発見したのだ」と、いくらこれを体験だと思い含めてみても、不自然にしか聞こえない。そこにもうひとつ、体験の文法を支配するルールがある。それは「それなりに面白い体験でなければいけない」ということだ。

 庭に木があるという発見はちっとも面白くない。それだけでなく、庭に木があることは普通すぎて、そもそもそれが「発見」だと理解してもらうことが難しい。つまり、面白くない体験は、体験の文法に合わない。面白い体験だけに体験の文法は許される、というシステムができてくる。

 そして、誰にとってもそれなりに面白い体験には「ワクワク型」と「ヒリヒリ型」の2つがあるという。前者は、「未知の環境に対する探索を中核とする冒険譚」で、後者は、「環境から受け取る情報の体感を中核とする体感度の高さ」を指す。

 これを踏まえて、「しょっちゅう」「ときどき」「めったに~ない」といった頻度語、複数回の体験を意味する「ばかり」、過去や発見などを意味する「た」などが、どういうニュアンスや修辞語句を伴えば体験の文法が働き、自然な表現だと判断されるのかを、ていねいに検証していく。

 ここでは、ワクワク型の一例を見てみよう。

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