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あなたにまかせた、私のせいかも~『医療格差の時代』
米山公啓著(評:山岡淳一郎)

ちくま新書、680円(税別)

  • 山岡 淳一郎

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2008年7月31日(木)

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医療格差の時代

医療格差の時代』米山公啓著、ちくま新書、680円(税別)

 医療崩壊という言葉が、毎日のようにメディアに載る。地方の病院で、都市部でも産科、救急、小児科などで医師が不足して診療体制が崩れる現象は、珍しくなくなった。その要因は、大きく三つにくくれる、とわたしは考えている。

 第一の要因は「公的医療費の抑制」という財務省―厚生労働省の大方針である。日本は1980年代から医療費抑制策が継続されているが、とりわけ小泉政権以降、経済財政諮問会議や規制改革会議が「公的保険給付の範囲見直し」と「民間分野の拡大」を掲げて、これを後押しした。公的医療費抑制と抱き合わせで、医療への市場原理の導入を試みたのだ。「官から民へ」のワンフレーズにも乗せやすかった。

 しかし、国民一般の健康を守る公的システムに市場メカニズムをはめ込めば、「利益」を生みやすいところに医療資源は流れる。結果的に「公平性」はズタズタにされる。

 その典型が米国である。

 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」を持ち出すまでもなく、米国の医療保険制度はすでに破綻している。病気になってもロクに治療も受けられない無保険者の数は、なんと4000万人以上。その裏で、巨大なチェーン病院が多数の健康な患者に不必要な心臓手術を行った疑いで、FBIの捜査を受けたりもしている。

 さすがに厚労省も、2004年末、米国が好きでたまらない宮内義彦議長が率いる規制改革会議の「混合診療の全面解禁」や「病院の株式会社化」などの要求を、一応は突っぱねた。その攻防は、拙著『命に値段がつく日──所得格差医療』(中公新書ラクレ・共著)に記したが、その後も、じわじわと医療の市場化は進み、非採算部門から人が消えている。

 そもそも公的医療費を抑制すべきか、否か。財源が足りないというが、省庁のタテ割りで決まる予算配分や特別会計を見直して、費用を捻出できないのか。足りないなら増税や保険料の引き上げも考えるのか……。各政党が財源案を示したうえで医療政策を明らかにし、国民が「政治的判断」を下さなければ医療崩壊の第一要因には対処できないだろう。

「医者剥がし」と「訴訟リスク」

 マクラが長くなって恐縮だが、もう少々、現状分析におつきあいいただきたい。

 医療崩壊の二つ目の要因は、公的医療費抑制を前提とした医療制度改革の矛盾である。医療費の患者負担を引き上げつつ、診療報酬点数を減らしたことで、青息吐息で経営していた医療機関は危険水域に入った。そこに国家試験をパスしたばかりの医師を対象とする新研修医制度の発足で、大学医局による「医者はがし」が追いうちをかけた。

 かつて新人の研修医は、大学医局に残り、組織を牛耳る教授のツルの一声でA病院、B病院と勤務先が割り振られていた。教授は、その見返りをたっぷりと受け取った。2004年、こうした前近代的な医局制度を打破する目的で、新人自身が研修先を選べる制度が始まった。新人医師は、じぶんの行きたい病院に研修希望を出す。病院側は希望者のなかから受け入れる者を選ぶ。このお見合いのようなしくみを「マッチング」と呼ぶ。閉ざされていた研修医制度に競争原理が持ち込まれた。若い医師の「徒弟制度」からの解放でもあった。

 ところが、自由に行き先を決めていいとなると、働きやすい都市部の好条件の花形病院に希望者は殺到する。大学医局に残る研修医は激減。大学病院を維持できないと判断した医局側は、市中病院に派遣していた医師を次々に「はがし」て、帰還させたのだった。ただでさえ激務で知られる産科を希望する研修医も減った。危険水域の医療機関は沈没、破綻する。

 「医局制の打破」と「人員の適正配置」という理想と現実のギャップをどう調整するか。

 そして、医療崩壊の第三要因が「訴訟リスクの上昇」だ。患者の権利意識の向上とともに「医療過誤」への見方が厳しくなった。とくに産科では、医学界が不可抗力と判断するケースでも刑事告訴がなされた。医師は、本来、患者を助けるために働いている。それなのに交通事故で注意義務を怠った運転者に適用される「業務上過失致死傷害罪」で告訴されてはたまらない、と医療現場から去ってゆくのである。

 医療事故に対し、「医療安全調査委員会」を設けようとする動きもあるが、医師の個人責任追及を前提とする第三者機関の設置には医療側が大反発している。死と日常的に接しなくてはならない医師と、身内やじぶんの命は地球より重いと信じる患者との認識のズレにどう折り合いをつけていくか。そこにはメディアの報道姿勢も絡んでくる……。

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