• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

我々は、屍のうえに立っている~『地獄の日本兵』
飯田進著(評:朝山実)

新潮新書、680円(税別)

2008年8月1日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

評者の読了時間3時間30分

地獄の日本兵──ニューギニア戦線の真相

地獄の日本兵──ニューギニア戦線の真相』飯田進著、新潮新書、680円(税別)

〈百万人を超える兵士が飢えて死んだとは、ほとんどの日本人は知らないはずです〉

 こう語りかける著者は、大正12年(1923年)生まれ。飢餓戦線といわれたニューギニア戦を、海軍民政府職員として体験した。

 太平洋戦争中、二百数十万にのぼる「戦死者」のうち、戦わずして死んでいった者がどれほどいたのか。本書は、戦場のほんとうの姿を、自身の体験と、生き残った兵士たちによって部隊ごとに編集された聯隊史などの戦誌をもとに、広く複眼的に綴ったものだ。

 餓死の背景には、降伏を許さなかった日本軍の特殊性がある。

 制空権、制海権を失った時点で、勝敗は決していた。にもかかわらず、軍の中枢は戦局の悪化を隠蔽し、人命軽視の無謀ともいえる作戦遂行を現場に押しつけた。「戦争は会議室で起きているわけではない」と、どれほど多くの日本兵が口にしたかったことだろうか。

 疲弊しきり、ようやく目的地にたどり着いたかと思えば、来た道を引き返す作戦変更が伝えられる。何千、何万もの兵士たちが、何のために、どこに向けて進軍するのかもわからぬままに、ジャングルの中を歩いていく。あまりに苛酷である。

 食料は尽き、飢えを凌ぐためには、草の芽はもちろん、鼠はおろか、蛭や蜘蛛までも口にいれざるをえなかった。マラリアなどを併発して病死したものも含め、広義の餓死者の総数を著者は百万人以上としている。これは個々の戦線の戦死状況から割り出した数字で、根拠となる客観的な統計が掲げられているわけではない。

 なかには、餓死者の総数60万人説を唱える人もいる。正確な数など調べようのない状況にあったのは確かである。また、たとえ著者のいう百万を下回っていたとしても、無為に、多くの兵士が飢え死にする状況を生んだという事実の重みが薄れるわけではない。

 〈その無念がどれほどのものであったか、想像できるでしょうか〉と、著者は問う。

 ある元少尉は手記のなかで、こう綴っている。

「行軍中、生涯忘れられぬことは、蚊の大群とシラミに悩まされたことです。そのほか日本では見たことのない大きな蛭によく襲われたことです」

 さらに、

「便所にまでこの蛭が現われ、用便中に尻に喰いつき、血を吸い取られるといううわさでした」

 敵と戦うことなく、迷走する行軍。悲惨な様子を伝える記述は、ほかにもある。ある兵士が草むらで目にした仲間の死体は、ことごとく丸裸だった。

「勿論、初めから裸である訳はない。/後続の者が次々に、靴を衣を袴(ズボン)を襦袢(シャツ)を、失敬して行くのである」

 この記述で思い浮かべたのは、大岡昇平の同名小説が原作の映画「野火」(市川崑監督)である。

履き替えられる靴、そしてサルの肉

 最初は、遭遇すればギョっとしたのであろう異常事態も、繰り返すうちに見慣れてしまうものだ。南方の日本軍がジャングルの中を転進する過程を描いたこのモノクロ映画では、斃れた兵士の軍靴を、後続の兵士が脱がし、履き替える様を捉えていた。それまで自分が履いていた軍靴は、その場に捨てる。

 捨てられた軍靴の底には、穴が空いていた。それを、あとからやってきた兵士が拾い上げ、自分のものと交換する。

 あとからあとから何人もの兵士が履き替え、最後の兵が手にしたのは靴底が完全に失せていた。密林の中で、兵士たちが無言で靴を替えていく足元を、キャメラはローアングルで映していた。

 もうひとつ、映画の中で不気味だったのは、腹をすかした兵士たちが、互いに疑心暗鬼となっていく場面である。

 ミッキー・カーチス演じる若い兵士が、数人の敗残兵のグループに出会い、「食べろ、サルの肉だ」と干し肉を渡され、見入る。無言の間ととともに、肉を渡した兵士の奇妙な笑い顔を映していた。ジャングルで、サルなど一度も見かけたことがない。映画はここでは何も語ろうとはしない。観客に、想像することを求めていた。

 飢えに苦しんだ日本兵は、敵影ではなく離散した「友軍」を恐れていたのだ。乏しい食糧を奪われることの不安にとどまらない。喰われるのではないか、という恐怖である。

 著者は、こう記している。

コメント12件コメント/レビュー

初めてコメントします。興味深い内容ですが、本書を読むことは無いと思います。怖いから。私は「戦争を知らない世代」ですが、なぜこんなに戦争に対する恐怖感があるのか?というと、学校の授業で戦争の悲惨さを伝えるビデオや文献に触れる機会があったからかもしれません。それは衝撃的で私は途中から目を開けられなかった記憶があります。今ではもう少し学んで、戦争は悲惨な面ばかりではなく、政治的社会的思想的な面も考えるべき、という意見があることを知っているし、「知らない」ではなく「学ばなくてはいけない」とも思います。つまり何が言いたいのかというと、政治的社会的etc.以前の状態で、あのビデオや文献に触れて「戦争は悲惨なものだ、絶対こうはなりたくない」と思えたことは大切なことだったのかも、という事です。勿論、私のように「怖いから読みたくない」となってはダメかもしれないですが。過去は、捉え方はどうであれ変えられないけれど、繰り返したくない、という意識付けには意味があると思います。最近の教育現場では、あんな悲惨な映像を授業で見せることは「問題」になってしまうのではないでしょうか。私には必要な教育だったのですが。(2008/08/26)

「NBO新書レビュー」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

初めてコメントします。興味深い内容ですが、本書を読むことは無いと思います。怖いから。私は「戦争を知らない世代」ですが、なぜこんなに戦争に対する恐怖感があるのか?というと、学校の授業で戦争の悲惨さを伝えるビデオや文献に触れる機会があったからかもしれません。それは衝撃的で私は途中から目を開けられなかった記憶があります。今ではもう少し学んで、戦争は悲惨な面ばかりではなく、政治的社会的思想的な面も考えるべき、という意見があることを知っているし、「知らない」ではなく「学ばなくてはいけない」とも思います。つまり何が言いたいのかというと、政治的社会的etc.以前の状態で、あのビデオや文献に触れて「戦争は悲惨なものだ、絶対こうはなりたくない」と思えたことは大切なことだったのかも、という事です。勿論、私のように「怖いから読みたくない」となってはダメかもしれないですが。過去は、捉え方はどうであれ変えられないけれど、繰り返したくない、という意識付けには意味があると思います。最近の教育現場では、あんな悲惨な映像を授業で見せることは「問題」になってしまうのではないでしょうか。私には必要な教育だったのですが。(2008/08/26)

下のコメントにある「日本の組織に属するとこういう目に遭わされる可能性」は身につまされます。80年代末、正社員として勤めていた会社の極端な経費削減のせいで出張中に遭難しかけたことが2回あります。どちらも現場環境の危険性を考慮せず、経費削減を優先した営業責任者が引き起こした事態でした。まあ私や同行した社員の方も会社の安全意識を信用していなかったので、遭難を想定した装備を出張用に用意していて大事はありませんでしたが、21世紀になった現在でも景気が悪くなれば安全軽視の経費削減による同様の事は起こると思います。そういう点では日本は戦中と何も変わっていないと思いますね。会社があまり責任を問われない非正規雇用が増えていることを考えると昔より増えるかもしれません。 ちなみに私の遭難寸前の状況ですが、遭難していれば死体も見つからない死に方をするところでした。これが日本の大企業(年商数兆円)の実態ですよ。(2008/08/16)

コメントが旧軍の異常な失敗を戦争否定に直結させるステレオタイプ思考のオンパレードなのが興味深い。実際には両者は対立事項ではなくて同じものだ。米軍には餓死者は一人もいない。片や百万人片やゼロというのは単なる補給や物資の問題ではありえない。悲惨なのは戦争それ自体よりもはるかに日本の組織運営のあり方だ。恨んでいるのは敵軍ではなくて味方の指導部だ、という言葉がそれを端的に示している。つまりなんであろうと日本の組織に属するとこういう目にあわされる危険があり、それが当時はたまたま戦争をしていた、というだけなのだ。戦争一般を観念的に否定してみたところでその病理から自由になれるわけがなく、まさにそこに逃避して真の問題を社会的に隠蔽し温存したことで、「経済戦争」の指摘にもあるとおり、人間の営みに避けがたく存在する「戦い」の局面において同じ構図が自堕落に繰り返されている。その意味でこれらの短絡思考の人々こそが、現在にも続く悲惨な被害を生み出す心理構造の正当継承者であり、性懲りもない組織的な加担者なのだと思う。(2008/08/05)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

小池さんがこの言葉(排除)を述べたことで、「風」が変わっていきました。 ただし、小池さんが言ったことは正論です。

若狭 勝 前衆院議員