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8月になると、思う戦争の惨禍

『海に沈んだ対馬丸 子どもたちの沖縄戦』 早乙女愛著 岩波ジュニア新書 740円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2008年8月8日(金)

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『海に沈んだ対馬丸 子どもたちの沖縄戦』 早乙女愛著

『海に沈んだ対馬丸 子どもたちの沖縄戦』 早乙女愛著

 対馬丸は1914年イギリスのグラスゴーで建造された。年代に注意して欲しい。人類の愚行第一次世界大戦が始まった年である。対馬丸は日本郵船の貨物船として、世界の海で活躍していた。煙突には白地に赤い2本の線が書き込まれ、全長135メートル、総トン数6754トンという大型貨物船だった。戦争勃発時、築30年のやや老朽船だった。

 太平洋戦争が始まると軍船として徴発され、煙突は灰色に塗り替えられた。船には高射砲が2門据え付けられ、野砲が1つ、爆雷が5つ装備された。

 満州に広東軍の兵士を運ぶのが任務だった。しかし、太平洋での戦局が悪化するに従って、徴用船は別の任務を行うようになった。対馬丸の最後の任務は沖縄と本土間の人員物資の輸送であった。沖縄が日本に対する米軍攻撃の最前線になる戦略がとられた。それを沖縄戦という。

 激戦が予想され、南方での米軍の攻撃から見て、沖縄本島が焦土と化すことが予想された。子どもたちを沖縄戦から安全に疎開させなくてはならない。

 日本の船の暗号無線は、アメリカ軍によって解読されていた。対馬丸の動向はアメリカには丸見えであり、アメリカのウルフパック(潜水艦作戦)は対馬丸の積み荷まで明快に捉えていた。対馬丸には学童疎開の子どもたちが約2000人ほど乗船した。正確な数は分からない。沖縄自体も戦時で混乱していたので、正確な数字が残らなかったのだ。

 ボウフィン号という潜水艦が対馬丸をレーダーで捉えているのが分かった。対馬丸は潜水艦の追尾を避けようとジグザグに走り始めた。夜、子どもたちは甲板に出るのが禁止されていたのだが、その夜は救命胴着を付けて、甲板で眠るようにという指示が出されていた。

 5発の魚雷が対馬丸の船腹に命中した。対馬丸はほとんど瞬間的に破壊され、沈没した。  子どもたちは海に投げ出された。そこら中に対馬丸の浮く部材が漂っていた。子どもたちは力を合わせて筏(いかだ)を組み、そこによじ登って漂流を始めた。救命胴着をしっかりと付けていた子どもたちが救い上げられた。

 本書の後半は、子どもたちの漂流記で構成される。何人かの子どもがいると、おのずとリーダー格が決まり、その子がなにくれとなく指示を出す。海の水は飲むな、筏に身体を縛り付けて寝るのだ。

 子どもたちの筏上での生き残るための戦い(もうひとつの沖縄戦)は、極限状況のなかで戦われる。この闘いは感動的だ。

 さらに、戦後だいぶ経ってから、生き残った漂流者たちを訪ねる記述がある。

 本書はジュニア向けと言うことになっているが、大人もノンノンと暮らしている我が身を振り返るのに絶好の書物だ。

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