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『仕事道楽──スタジオジブリの現場』鈴木敏夫著、岩波新書、740円(税別)
本書は「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などをヒットさせたプロデューサーが、主に宮崎駿、高畑勲両監督との仕事の仕方を紹介したものだ。
まず「あとがき」から読むことをおすすめする。著者、すなわち鈴木敏夫の本を作りたい理由として、編集者はこう切り出したという。
「ぼくは、高畑さんや宮崎さんには関心が無い。しかし、鈴木さんには興味がある。普通の人は、高畑さんや宮崎さんのような天才にはなることが出来ないけど、鈴木さんの真似なら出来る」
そのまま真に受けるなら、失礼千万な話である。だが、著者は面白がった。初対面にもかかわらず率直に言いたいことを言うのは、いつも自分がやっていることそのままだという。
「天才」ふたりの変人ぶりとともに、真似なら出来ると言われた著者の仕事も相当な努力と忍耐を必要とすることが、笑ったり感心したりしながら読み取れる。それがこの本の仕組みである。
つまり、著者が伝えようとしたのはこの一点。プロデューサーには、誰でもなろうと思えばなれるが、続けるのはこんなにも骨が折れるということだ。
高畑と宮崎は、東映動画時代の先輩後輩で、高畑が労組の副委員長を務めていたときに、宮崎は書記長という間柄。以来、親友であり、作り手としてはライバルでもある。
著者は、すでに築き上げられた関係に途中から加わることになる。ふたりのことを、著者は「高畑さん」「宮さん」と呼び、宮崎は著者と高畑を「鈴木さん」「パクさん」という。三人の微妙な距離関係が、呼び方からも窺い知れる。
まだ著者が、徳間書店の一編集者だった頃のこと。難関を潜り抜け「風の谷のナウシカ」の映画化が具体的になるに及んで、宮崎は著者にひとつだけ条件をつけた。
「高畑勲にプロデューサーをやってもらいたい」
宮崎は当時、諸事情により親しかったスタッフを集めることができない状況にあったという。昔からの盟友を頼みとするほどに、この一言から、宮崎が心細い状態にあったことが伝わってくる。
天才にして変人同士、その間に立つのは辛い!
宮崎の心中を汲み取り、著者は高畑に会いに行くのだが、高畑は頑として首を縦に振らない。二週間、日参した著者に高畑は、一冊の大学ノートを見せるのだ。
最後のページまで埋め尽くされたノートには、いかに自分がプロデューサーに向いていないか、あらゆる方面からの分析が書き込んであった。断るために膨大な労力を割いていたわけだ。
変人と付き合うのは、根気がいるものだ。ノートを見せられた著者は、ほとほと嫌になってしまう。やむなく、高畑とのやりとりは伏せたまま、「宮さん、高畑さんがプロデューサーじゃなければいけないんですか?」と探りを入れるものの、今度は宮崎が黙っている。
著者が下戸なのを承知で宮崎はその夜、飲み屋に誘い、日本酒をガブ飲みし、黙ったまま泣き出してしまう。おそらく、宮崎の口からは語られることのない、宮崎という人間を語るには欠かすことのできないエピソードである。
高畑と宮崎。ふたりには、仕事上の友人を超えたつながりがある。親しいのに、いや親しいからこそ直接に頼むことも、断ることもできない。意思疎通のために第三者を必要とする。事情を察した著者はふたたび、高畑のところへ行く。そして、態度を変えようとしない高畑を怒鳴りつけてしまうのだ。
「友人が困っているのに、あなたは力を貸さないんですか」
著者は、両監督が「愛憎半ばする」関係であることを示すものとして、こんな一例をあげている。
「ナウシカ」のプロデューサーを引き受けた高畑は、宮崎が考えていたラストシーンを変更しようと、自ら代案を考え、著者と二人で宮崎を説得しにいくのだが、
〈そういうとき高畑さんはずるいんですよ。みんなぼくにしゃべらせる。どうしてかというと、責任を取りたくない(笑)。自分が決めて、それに宮さんが従ったとして、もしかしたら宮さんはあとで後悔する、そうすると自分の責任になるでしょう。それが嫌で、ぼくに言わせたいわけ〉
あるいは、「となりのトトロ」の制作中に、宮崎が突然「ネコバス」を出さないと言った。きっかけは、二本立て興行となった高畑の「火垂るの墓」。同作が野坂昭如の小説をもとにした骨太な文芸路線であることから、宮崎は「自分も文芸ものをやる」と駄々をこねだした。
言い出したらきかない宮崎をどうとりなすか。興味津々の場面である。
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