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みちのく、えぞ、シベリア---北の大地に惹かれて

『榎本武揚 シベリア日記』 講談社編 講談社学術文庫 1150円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2008年8月22日(金)

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『榎本武揚 シベリア日記』

『榎本武揚 シベリア日記』

 榎本武揚というと、戊辰戦争で、函館の五稜郭に立てこもっった男を真っ先に思い出す。本書は武揚のミニ評伝の形を取っているが、武揚という男が幕末のコスモポリタンであったことを、改めて認識させてくれる。

 表題の「シベリア日記」とは明治11年にシベリアの大地1万3000キロを、2カ月かけて横断した旅日記である。さらに本書には「渡蘭日記」が付されている。これは幕府留学生として、西洋事情を知るためにオランダに渡ったときの船旅の日記である。

 オランダ留学の命を受けたのは1862年(文久2年)のことだった。幕府が持つ唯一の外洋船咸臨丸で長崎に行き、オランダの商船に乗り換えてまず、ジャカルタにむかった。

 この幕府の命は、最初はアメリカへ行き、蒸気機関や蒸気運搬船の研究のためというものだったが、折しもアメリカでは南北戦争が勃発して計画は出直しとなった。そこでオランダ留学が浮上し、オランダ商船の船上の人となったのだ。当時の幕府留学生たちは、篤い手当を受けた。幕府から路銀としてメキシコ銀貨2万6千ドルを付与された。

 オランダ商船はカリップス号といった。船は順調に進んでいったが、ジャワの東の海上で疾風に襲われ、真っ暗闇のなかカリップス号は暗礁に乗り上げて座礁した。

 この中で船長はこっそりボートで逃げ出した。残った一行は、岩のほか何もない暗礁の上に取り残されてしまった。3日目、1隻のボートが暗礁にやってきた。ありがたいと大声を出して報せたが、この船は漂流者がイギリス人でないと知ると無情にも引き返していった。

 その翌日また小舟がやってきた。乗組員はあれはマレーの海賊だという。そうか、海賊か、面白い、とばかりに榎本はすらりと白刃を抜きはなった。小舟の方でも、刀を振りかざす男を見て腰を抜かし、不運にも海賊に出会ってしまった、と小舟の方でも思ったという。小舟の連中は単なる漁師だったのだ。

 漁師たちは白刃を恐れ、言いつけられたことは何でもやりますと言ってひれ伏した。南海の小島の冒険物語である。当時はオランダに行くにも、遣唐使船並の冒険を犯す覚悟が必要だったようだ。

 まして、シベリア原野においておや。
 シベリア日記はちょっとした冒険物語である。

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