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「うまく言えない」ことの価値を掘り出す道具です

2008年9月3日(水)

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糸井 つい先日も吉本さんのお宅に行ってきたんですが、そのとき盛んに言っていたのは、近くのものを参考にするほど誤差が生じるということなんです。それを聞いて、猿学を研究している京都大学の先生が言っていたことを思い出して。つまり、猿の社会を見て人間を研究するというのが、一番誤差が多いんだ、とその先生は言っていたんですが。

――今、ちまたでビジネスを論じている人たちは、その誤差を故意に作ってはもみ消して、ということを繰り返して稼いでいますよね。

糸井 例えばお猿の場合、ここに言葉の発生の可能性があったとかいう研究はあっても、それは人間が持っている言葉とはおそらく全然違うわけですよ。では、それに対抗して、どこまで遡ればいいんだよ、という話になるでしょう。宮沢賢治はそれがミネラル、岩石までにいったんですよ。

――無生物まで遡ったんですね。

糸井 それ、遡ると、最後は水素までいくんですよ。元素記号の1番目。ただ、そこまでいくと過ちようがないかもしれないけれども、死んでるじゃないですか、世界が。誤差というものは差異のことだから、差異がゼロということは死んでいるということ。そこで吉本さんがたどりついたのが植物なんですよ。

 生命ということでいえば、植物に溯れば誤差が限りなく減る。生き物としての人間を研究するとき、植物の例えだったら、これはぶれないだろうということを、吉本さんはおっしゃっていたんです。

――面白いですね。

糸井 ついこの間、外資系のコンサルタント会社の女性たちと話をしたのですが、彼女たちにとって仕事とは、ケーススタディーをベースに近似値を取ってストーリーを構築して、それを普遍化するという方法論なんですね。

 周りがこうやってうまくいったというのは、何かあったんじゃないの、あるいは、隣が失敗したのはこうだったからじゃないのという話。でも現実って、そう簡単に普遍化なんてできないです。だから、あの時点ではああ言ったけれど、実はこうだったんですよ、とかの議論を繰り返して、永遠に火を付けては消していく作業をコンサルタントは続けていく。それは、まさに類例から主体の角度を決めていくということでしょう。

――そうですね。

糸井 それに対して「芸術言語論」(東京糸井重里事務所主催の吉本隆明講演会タイトル)で伝えたかったのは、例えば植物のところに比喩を持っていって、沈黙というのを言葉の中心に置いたときに、それが根であり、幹であると考えましょう、ということなんです。

――この場合の鍵は「沈黙」ということですか。

糸井 そうです。そこにある沈黙というのはまだ言葉になってないもので、思考としても、まだ未分化かもしれない。でも、そこから生まれる枝葉、花、実というものが表現というものだという話でありまして、これは西洋の言語論に対する強大なアンチテーゼなんです。だって、アメリカで発達した言語論というのは、暗号解読から始まっているらしいそうだから、そこからしてもう違います。

――それは資本主義へのアンチテーゼともいえるわけですか。

糸井 ということでもありますね。これは講演テープを聞けば分かるんですけど、吉本さんの『言語にとって美とはなにか』って、要するにマルクスの『資本論』なんですよ。吉本さんはマルクスのいう「使用価値」「交換価値」を、「自己表出」と「指示表出」と読み替えたのですが、自己表出の部分が今度の講演でいう“幹”なんです。

――少し分かりにくいので、講演会のパンフレットから引用します。「何か対象を見てそのあげくに言葉が出てくる、そういう言葉の面を指示表出といいます。もうひとつ、叫び声のように、何かが起こって声が出ちゃうという、そういう言葉の面を自己表出と、僕の言葉ではいいます」(原本:吉本隆明全講演アーカイブ)

糸井 端的に言うと、それは僕が吉本さんの講演録を耳で聞いて「へぇっ」と言ったことです。それは自己表出の一番単純な形ですよ。その「へぇっ」という驚きが、講演という多くの人が聞いている関係の中で生きていったときに、「うわっ」「ねえ」というふうに変形されたり、あるいは「すてきっ」に展開されていくかもしれない。

――その「自己表出」にこそ価値がある、と。

糸井 これも講演テープに収録されている話なんですけど、もともとあった資本が、商品を介して資本'(ダッシュ)になっていく、GがG'になって、さらにG''…になっていくということが資本論でも言われています。ただ、ダッシュがつく間に商品を介在させようが何をしようが、そんなことは資本主義の資本にとっては、本当はどうでもいいんです。

――これも分かりにくいのですが、つまり、どんなものが介在しようが、GがG'、G´´…になっていけばいい、というのが資本主義なわけですね。

糸井 資本主義的な「実」というのはそこにあって、今はもうずばり、金融資本の展開なんかがそうなんですけどね。間に幻の“金融商品”というものを介在させてはいるけれど、ほぼダイレクトにGをG'に作り変えている。今の時代では、芸術もそういう形になっているといっていい。

コメント1件コメント/レビュー

日経BPに登場する糸井氏には特段の注意を払ってきました。次次世代のビジネスモデル(3次産業をn次産業へと連結し展望しうる可能性モデル)を模索し試行している数少ない実験企業が「1101新聞」だとわたしは理解しています。メディアに登場する「ビジネス書モデル」や「NPO法人」や「社会企業家」という概念には欧米流の合理性の匂い=法的合理性と経済合理性を寄付金とボランティアでアマルガムしたヒューマニズム臭=が強いが、糸井氏の思考と実践は当事者の手作り=消費現場の実践をそのまま生かそうとしている。日々アメリカと同一化されつつあるわが国で、「ほぼ日」は欧米式の合理性を超えうる新しい手法を日々試しているように見える。「ほぼ日」から買物をした読者=消費者は、そのことを何事もないかの如くに実感しているのではないかと思える。糸井氏にとって実践=試行とはそういうものなのだろう。ビートルズと吉本隆明がしみ込んでいるのだろうが、これは全く新しい事態ではないだろうか。日経BPと「ほぼ日」のコラボレートに注目したいと思う。(2008/09/10)

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「「うまく言えない」ことの価値を掘り出す道具です」の著者

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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日経BPに登場する糸井氏には特段の注意を払ってきました。次次世代のビジネスモデル(3次産業をn次産業へと連結し展望しうる可能性モデル)を模索し試行している数少ない実験企業が「1101新聞」だとわたしは理解しています。メディアに登場する「ビジネス書モデル」や「NPO法人」や「社会企業家」という概念には欧米流の合理性の匂い=法的合理性と経済合理性を寄付金とボランティアでアマルガムしたヒューマニズム臭=が強いが、糸井氏の思考と実践は当事者の手作り=消費現場の実践をそのまま生かそうとしている。日々アメリカと同一化されつつあるわが国で、「ほぼ日」は欧米式の合理性を超えうる新しい手法を日々試しているように見える。「ほぼ日」から買物をした読者=消費者は、そのことを何事もないかの如くに実感しているのではないかと思える。糸井氏にとって実践=試行とはそういうものなのだろう。ビートルズと吉本隆明がしみ込んでいるのだろうが、これは全く新しい事態ではないだろうか。日経BPと「ほぼ日」のコラボレートに注目したいと思う。(2008/09/10)

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三品 和広 神戸大学教授