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トム・ハンクスはホワイトハウスを目指す?~『ポリティカル・セックスアピール』
井上篤夫著(評:栗原裕一郎)

新潮新書、680円(税別)

  • 栗原 裕一郎

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2008年9月9日(火)

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ポリティカル・セックスアピール──米大統領とハリウッド

ポリティカル・セックスアピール──米大統領とハリウッド』 井上篤夫著、新潮新書、680円(税別)

 ニューハンプシャー州での最初の大統領予備選を翌日に控えた2008年1月7日、ヒラリー・クリントンは同州支持者との対話集会に臨んでいた。民主党の指名候補争いで、ヒラリーはバラク・オバマに大きく水を開けられていた。

「女として思うんだけど、きちんと身支度をして外に出るのって大変でしょ。とても個人的な質問です。どうしてそんなことやってるの?」

 参加者からそう問われたヒラリーは、「簡単じゃない」と二度繰り返し「自分が正しいんだって信じてなければとてもじゃないけどできないわ」と答えたあと、感極まったように目を潤ませながら「私たち(=アメリカという国)が凋落するのを見たくないの」と柔らかく憂国と希望を語った。

 この集会の模様は全米に放映されると同時に、SNSなどにもアップロードされた。ヒラリーの涙に世論は批判的で「墓穴を掘った」という声が圧倒的だったが、フタを開けてみたら、予備選は彼女の逆転勝利だった。女の涙はやはりそれなりには強かったのだ(結果的にはオバマに負けたが)。

 「ウソ泣きだろ?」といったツッコミが当然出ていたのだけれど、「もちろん演出だ。それもハリウッド肝煎りの」と答えるところからこの本は書き起こされている。

 本書は、ハリウッドという裏舞台からワシントンを照らした、アメリカ政治の裏面史である。

 アメリカの政治とハリウッドが切っても切れない関係にあることはいまや常識といっていいだろう。

 映画と政治という媒体の違いがあるだけ、といったほうが現状にちかいかもしれない。どちらもハリウッドの敏腕プロデューサーが演出を手掛けているのだから。

 ヒラリー・クリントンという“女優”を演出しているのは、ファッション界の女帝としても知られるアナ・ウィンター。映画「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープが演じた辣腕女性編集者はアナがモデルといわれている(本人は否定しているが)。

 対するオバマをプロデュースするのは、ミスター・ハリウッドの異名を持つデイヴィッド・ゲフィン。トム・クルーズを見いだし、ブラッド・ピットを一躍トップ・スター入りさせ、スピルバーグとともにドリームワークスをつくった男である。音楽ファンにはゲフィン・レコードの創始者といったほうがとおりがいいかもしれない。ジョン・レノンを口説き落とし、遺作となった「ダブル・ファンタジー」を売りだしたのもゲフィンだ。

泡沫候補だった(夫のほうの)クリントンをホワイトハウスへ

 彼の政界での最初の“作品”はビル・クリントンだった。

 1992年の大統領選はパパ・ブッシュが再選を目指していたが、移民の子でホモセクシュアルのゲフィンは、共和党が強調する“善良なアメリカ人(=キリスト教徒でヘテロセクシュアルな白人)”にマイノリティ排除の危険なにおいを嗅ぎ、民主党に10万ドルの寄付を申し出る。そこで資金難であっぷあっぷの泡沫候補ビル・クリントンに出会う。

 ビルを一目見た瞬間にそのスター性を確信したゲフィンは「この男を大統領にしてみせる」と決意したという。

〈ゲフィンが「クリントンを大統領にした男」と呼ばれるのは、先述した10万ドルの小切手だけではなく、そのファンドレイジング(資金調達)の手腕にあったようだ〉

 米大統領選において、選挙運動費調達の首尾が雌雄を決する重大事であることは堀田佳男『大統領はカネで買えるか?──5000億円米大統領選ビジネスの全貌』(角川SSC新書)に詳しい。

 選挙活動費用は主に富裕層からの寄付に依存しており、調達手段はパーティである。ゲフィンは、ハリウッド・スターたちを招き話題を振りまいて、巨額の資金をいとも簡単に獲得する。

 ハリウッドのプロデューサーは、マス・イメージの演出のみならず、資金面においても、大統領選を左右する多大な影響力を保持しているわけだ。まさに黒幕である。

 ゲフィンはクリントン夫妻と親密な関係を築いていたが、2001年のとある事件で決裂、以降クリントンを激しく批判するようになる。ゲフィンがオバマを支持(プロデュース)していることの裏には、なにか感情的なものも働いているに違いない(推測だけど)。

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