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カネも居場所もない。でも生きなきゃいけない~『「生きづらさ」について』
雨宮処凛・萱野稔人著(評:清野由美)

光文社新書、760円(税別)

2008年9月16日(火)

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「生きづらさ」について──貧困、アイデンティティ、ナショナリズム

「生きづらさ」について──貧困、アイデンティティ、ナショナリズム』 雨宮処凛・萱野稔人著、光文社新書、760円(税別)

 雨宮処凛がプレカリアート界のジャンヌ・ダルクとして中央論壇に登場した時、彼女の心身が、社会学者や知識雑誌の編集者らによる“食うための言説”の餌食にされないことを、老婆心ながら祈った。

 1975年生まれ。中学時代のいじめられ体験に始まり、自殺願望、ビジュアル系バンドの追っかけ、そして右翼運動から労働者運動へと、ドロップアウトを繰り返しながら展開されてきた人生。そんな経歴を彩るキーワードと、ゴスロリ・ファッションとのミスマッチは、いかにも現代社会の「何か」を象徴していそうだ。ニートやフリーター問題を、書斎から論じる知識人にとって、彼女が体現する「何か」を勝手自由に解釈していくことは、かなり誘惑的な作業だったはずだ。

 本書も最初、一抹の不安を抱きながら読み進めた。が、対談の相手である若き哲学者、萱野稔人の姿勢が誠実で的確だったゆえに、プレカリアート問題にさほど詳しくない私にも、内容が理解しやすく、彼女が何に苦しんでいるのかも伝わってきた。

 窓からおだやかな陽が射し込んでいる。実りの秋に向かって今、世はすべてこともなしの風情だ。だが、しかし。この平和な日本には、一皮むいたところに、あらゆる「生きづらさ」が充満している──というのが、本書の命題である。

 年間3万人を超える自殺者。心の病の増加。経済のグローバル化に伴う労働市場の流動化と使い捨て労働、貧困、格差──。経済の環境変化が生んだ「生きづらさ」もあるし、経済とは直接関係ない「純粋な生きづらさ」もある。この本では、二人がそんな「さまざまな『生きづらさ』の要因を解きほぐし」、「それを生き延びていくためのヒント」を語り合う。

 萱野が規定する「生きづらさ」には二つのレベルがある。

〈一つはもちろん物質的なレベル、つまりカネがないということです〉

〈もう一つはアイデンティティのレベル、つまり社会からまともに扱われない、自分の存在を認めてもらえない、居場所がないといった状態です〉

 この物質的なレベルとアイデンティティのレベルが、つねに混在したところで「生きづらさ」というものは生まれる、と萱野は説く。

 アイデンティティと物質。少なくともどちらかが補償されていれば「生きづらさ」への意識は、かなり変わってくるだろう。が、雨宮は団塊ジュニア世代として、まさにその二つの混在にめぐり合ってしまった。

コミュニケーションに「才能・努力」が必要になった

 93年に高校を卒業し、大学を目指して2浪するも失敗。そして就職氷河期の中、19歳でフリーターに。「どこにも属していないし、どこからも必要とされていないし、どこに何を求めていいかもわからない」と、彼女が語る状況は、確かにつらそうだ。「そういう境遇じゃなければ、絶対に政治運動や右翼とかにいかなかった」という述懐も、そうだろうなあ、と腑に落ちる。

 ではアイデンティティと物質では、どちらが個人の努力で手に入りやすいのだろうか。少し前の共同体社会では、アイデンティティは自明の前提だった。

〈たとえば親子という共同体のなかでは(中略)その親の子供であるという関係そのものが、子供に「無条件に認めてくれる居場所」というのを与えてくれる〉(萱野)

 自分を無条件に愛してくれる存在があれば、人はかなりの困難にも耐えて生きていける。かつてのムラ的、牧歌的な社会には、親子でなくとも、大人がその辺の子供をかわいがる、子供がそういう大人の言うことを聞く、他人が他人を受け入れる、というコミュニケーションが普通にあった。しかし、大量消費時代を経て、新自由主義経済やネットが浸透した現代の日本は、かつての共同体とは質の異なる「コミュニケーション重視型」の社会に変化した。

〈そこでは、流動化した人間関係のなかでそのつど他人から認められるよう努力しなくてはいけない。(中略)イケメンだったりキレイだったり、トークが冴えていたり、あるいは他人にアピールできるような特別な能力や資格、ステイタスをもっていないといけません。つまり、最近よくいわれるコミュニケーション能力や人間力というものが備わることで、初めて人は他人から認めてもらえる可能性を手にする〉

 と、「普通のこと」から「能力」に変質してしまったコミュニケーションを解き明かす萱野の観察は、切れ味がいい。

 それに呼応して雨宮も、派遣労働をする若い男性が、社交的な性格やカッコよさを駆使して、友達の家にころがりこんだり、ヒモになったりして、ネットカフェ難民やホームレスをまぬかれている例を挙げる。

〈格差の問題って、経済だけじゃなくて顔面格差やコミュニケーション格差など、いろいろあるんです〉(雨宮)

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「カネも居場所もない。でも生きなきゃいけない~『「生きづらさ」について』
雨宮処凛・萱野稔人著(評:清野由美)」の著者

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長