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「バカの壁」越しに「対岸の彼女」とキャッチボール~『脳あるヒト心ある人』
養老孟司・角田光代著(評:朝山実)

扶桑社新書、700円(税別)

2008年9月19日(金)

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評者の読了時間6時間00分

脳あるヒト心ある人

脳あるヒト心ある人』 養老孟司・角田光代著、扶桑社新書、700円(税別)

 インタビューの仕事をはじめて間もないころ、ある脚本家に、叱られたことがある。

「Kさんにとって、シナリオを書くとはどういうことですか?」

 質問が尽き、無言の間に落ち着かずに、ついしてしまった質問だった。Kさんは、姿勢をただして、こういう趣旨のことを口にした。

 いまのはプロなら、絶対にしてはいけない質問にあたる。本当に答えを知りたいと思ってのことなら違う角度から尋ねる、そういう工夫をするのが、ひとに聞く仕事。たったひとつの質問で、それまでの対話が帳消しになることもある。

 「考えてみてください」と真顔で諭され、すぐにも逃げだしたい思いで、高層マンションの窓外に見える夕焼け空を見ていたのを、ときおり思い出す。

 本書は『バカの壁』を著した解剖学者の養老孟司氏と、直木賞作家の角田光代氏が、産経新聞紙上で連載していた往復書簡形式のコラム集だ。

「なぜ解剖をやったんですか」

 そう訊かれるたび不機嫌になってきたと、養老氏は書いている。

 たいした質問ではない。それだけに、質問者の戸惑いが容易に想像できる。養老氏にしてみれば、同じ質問に飽き飽きしてもいただろうが、立腹の理由は別にある。

〈説明のしようがないと、わかっているからである。どうしても言葉にならないことがある。それをなぜ理解してくれないのか〉

 イライラした表情。浮かんだ顔は、養老氏ではない。ワタシの脳裏で、次々と顔が入れ替わる。ひとに数えきれないほどの質問を浴びせてきたし、その場では不機嫌の正体を理解せずにきたこともいっぱいある。

 問われたところで、当人にも説明のつかないことがあるものだ。テレビで若いアナウンサーが競泳の北島選手にマイクをつきだし、「あなたにとって水泳とはなんですか?」としたり顔で訊ねているのを見て、いつかの夕焼け空を思い出し、ワタシは赤面してしまっていた。

 人生の核心ともいえる問題に、お決まりのごとく即答を求めるのは、相手にそれほど興味を抱いていないことを暴露するようなものだ。長く続いているからには、いくつもの回答が浮かんでも不思議ではない。迷ううちに不機嫌な気分におちいるのは、誠実さのあらわれともいえる。

 なぜ解剖なのか。養老氏は、質問する相手が学生なら、実際に解剖をさせてみるのがいちばんと答えている。感覚でしか掴めないものは身体で試してみる。

 しかし、それでもこの頃は、言葉による説明を要求する人たちもいるから困ったものだという。「感覚の世界」が言葉で説明可能と考えるのは、口先だけでわかったつもりになる情報化社会の特質でもあると。

日本語は、立場がはっきりしないと「むーん」になる

 養老氏は、新聞で連載をする前に角田氏と会ったのは一度きりで、テーマも決めずに執筆を始めたと「まえがき」で舞台裏を明かしている。

〈まったく枠がないと、最初に取りかかるためのきっかけがない。何かを書こうかと、ついウロウロしてしまうのだが、相手の文章があれば、何かしらきっかけがつかめることが多い〉

 男性の科学者と、女性の小説家。仕事も年齢も異なるふたりがリレー形式で、ときどきの関心事を書く。角田氏は、母子の会話のすれ違う光景や、通っていたスーパーから足が遠のいたことなど、暮らしの「具体」を語ろうとする。対して、養老氏は、彼女が疑問に思い考えようとした根底にあるものを、一般にわかるように解説しようと試みる。

 たとえば、角田氏は、レジやATMでのフォーク並びを知らずに、順番を抜かそうとしたときのことをこんなふうに綴っている。

〈この時すごいと思うのは、誰も言葉を発しないこと。「こちらに列がありますよ」と誰も発語せず、むーんとにらむ。空気の振動で、間違っている人に間違っていることを教えようとする〉

 むーんとにらむ、という表現は、いかにも絵が浮かんできて面白い。いたるところで見られる光景であるし、ワタシもしょっちゅう眉間にシワをよせて、電車で耳にイヤホンをしてシャカシャカいわせているひとに、むーとしている。

 むーんから、角田氏は、〈空気を読むことが、これほど強要されている国というのは、とても珍しいのではないかと思う〉と書き、まとめるのではなく、もう一回「むーん」の正体について考えている。

〈けれどもしかしたら、言葉へのむやみな信頼こそが、この不気味な沈黙を作っているのかもしれないと思う。もしこの社会で使われている言葉が複数であれば、あるいは異言語が入り交じっていれば、私たちは意志を伝えるために発語しなくてはいけないだろう〉

 言いたいことは、言わずとも伝わるはずだという、言葉に対する信頼感があるからではないかと、角田氏は思うのだ。いっぽうで、ささいなことで逆ギレする人たちのトラブルをみると、過度の信頼がねじれとなってきているのではないかとも。

 では、養老氏は、フォーク並びの話題から何を拾い上げるのか。

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