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グラミン銀行はなぜ貧困を減らせたのか?

「開発経済学」から考える社会的ストレスへの処方箋

2008年9月26日(金)

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 「ストレス」と聞くと、自分という一個人が関わる問題と私たちは考えがちだ。だが、歴史を振り返れば、戦争や革命、飢饉、貧困といった、共同体とその成員の運命を翻弄するストレスをざらに目にすることができる。これらに比べれば規模は小さいが、身近なところでも、職場に他部署が決めた新制度が導入されるといった事例はよくあることだ。そうした外部からのストレス刺激にさらされたとき、地域社会とそのメンバーはどのような反応を示すのか。

 今回は「社会とストレス」の関係に迫りたい。事例研究の対象として取り上げるのが、バングラデシュにある「グラミン銀行」だ。遠い異国の話と思われるかもしれないが、ここには社会的なストレスを考えるうえで参考になるエッセンスが多くある。

 2006年、グラミン銀行の創始者、ムハマド・ユヌスはノーベル平和賞を受賞した。グラミンとはベンガル語で「農村」をさす。その名の通り、主に農村部の貧困層を対象にした融資を行っていることから「貧者の銀行」とも呼ばれる。

 従来、貧困者に融資することはタブーであった。貧困者に貸しても返済率が低いからだ。しかしながら、1983年に創設されたグラミン銀行が導入した「マイクロクレジット」は、貧困層を対象にした無担保融資を前提としている。

 融資対象を女性に限定し、また5人を1組としたグループを編成した仕組みは、女性のつながりの薄かったバングラデシュ社会に相互扶助の働きをもたらし、貧困層の生活向上に確実に寄与しているという。無担保でありながら貸し倒れ率2%と極めて低いところも注視されており、現在では、先進国がマイクロクレジットを取り入れるなど、世界的に影響を与えているシステムだ。

 バングラデシュは世界の最貧国に数えられるが、かつては“黄金のベンガル”と呼ばれた豊かな地域だった。

 だが、近代化とともにバングラデシュは貧困にあえぐようになった。資本主義の導入を外部からの刺激と捉えたとき、そのストレスによっていかにして貧困はうまれたのか。またその外圧に抗して、どのようにマイクロクレジットは生まれたのか。

 日本貿易振興機構の研究機関であるアジア経済研究所は、発展途上国に関する開発問題や貧困削減のための政策研究を行っている。バングラデシュの経済開発の変遷について詳しい同研究所の山形辰史さんに尋ねた。

--まず、バングラデシュという国がどういう経済構造をもち、なぜ最貧国になってしまったのか、をお尋ねしたいと思います。

山形:バングラデシュ及びインドの西ベンガル地方を「ベンガル地域」と呼びます。“黄金のベンガル”と形容されるように、三大河川の流れるこの地域には、自然と作物が稔るような肥えた土地が広がっています。確かにバングラデシュの国民ひとり当たりの所得は低い。しかし、食は豊かで、所得数値ではカウントできない暮らしがあるのも事実です。

山形辰史(やまがた・たつふみ) 慶應義塾大学経済学部卒業後、アジア経済研究所入所。開発経済学、バングラデシュ経済を専門分野とする。主な共著書に 『開発経済学:貧困削減へのアプローチ』(日本評論社)、『やさしい開発経済学』(アジア経済研究所)など。

山形辰史(やまがた・たつふみ)慶應義塾大学経済学部卒業後、アジア経済研究所入所。開発経済学、バングラデシュ経済を専門分野とする。主な共著書に 『開発経済学:貧困削減へのアプローチ』(日本評論社)、『やさしい開発経済学』(アジア経済研究所)など。

 とはいえ、ほかの国が工業国として付加価値をつけていく中で、相対的にバングラデシュの豊かさの価値は下がってしまいました。また、たびたびサイクロンが襲ったり、天災による飢饉が起きたりしたことから貧しさが強調されていったと思います。

“安定”と“豊かさ”は直結しない

--国の発展は、農業から工業へ、そして産業化社会へ、といった段階を踏むものと考えがちですが、バングラデシュの場合、どういう開発の過程を経てきたのでしょうか。

山形: 1948年にインドとパキスタンがイギリスから独立しました。パキスタンはインドを挟んで東パキスタンと西パキスタンに別れていましたが、1971年、東パキスタンがバングラデシュとして建国しました。

 インドは中国と同じく国内だけでペイする市場規模があり、パキスタンも工業のバラエティに富んでいます。当初、パキスタンは、東パキスタン(バングラデシュ)に対して、工業を育成するより、米やジュートが豊かなことから、農業に集中した施策をとってきました。その結果、バングラデシュは建国と同時に、農作物市場の価格下落といった事態に対し、保険の効かない産業構造を抱えていたことになります。

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