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苦節18年、夢へのパット ―― ダッドリー・ハート

Let's try to give this thing a run.(これですべてを決めるぞ)

  • 舩越 園子

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2008年9月25日(木)

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ダッドリー・ハート

Let's try to give this thing a run.

― ダッドリー・ハート

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(写真:田辺 安啓)

 米PGAツアーにダッドリー・ハートという地味な選手がいる。そんな目立たない選手の話を、どうしてわざわざ書くのかと言えば、彼が生涯の夢を託したクラッチパットを沈めた姿に心を動かされたからだ。

 プロ18年目の40歳。ツアー勝利は2つしかなく、メジャー未勝利であることは言うまでもない。これまでハートが米メディアから注目されたことはあるかと問われてすぐに思い出せるのは、01年に三つ子の赤ちゃんが誕生したことぐらいだった。

 ハートの歩みには「苦節何年」という言葉が本当にぴったり当てはまる。90年にプロ転向後、すぐさまQスクールを通過して91年から米ツアー参戦を開始したところまでは順調だった。しかし、シード落ちしてQスクールに逆戻りしたこと数知れず。95年には木の根っこにあったボールを無理矢理打って手首を痛め、シーズンを棒に振った。

 03年には腰のヘルニアで欠場し、公傷制度が適用されて、なんとか翌年の出場権を維持した。が、06年にヘルニアが悪化。下降の一途だった成績に追い打ちをかけるように、07年には妻スーザンが病に倒れた。

 腫瘍が発見され、肺の3分の2を摘出する手術を受けたスーザンに代わって、三つ子の世話に明け暮れたハートは、年間わずか12試合しか出場できなかったが、公傷制度を家族の傷病まで拡大適用する新規定に助けられ、今季もどうにか出場。そんな彼の胸の中には、プロになったときから抱いていた夢があった。

 「トップ30に入って、最終戦のツアー選手権に出たい」

 99年に1度だけ、結果的に賞金ランク29位に食い込んだことがあったが、スケジュール上、ツアー選手権出場は叶わなかった。才能溢れる他選手たちがメジャー優勝や賞金王を目標に掲げる中、ツアー選手権に出ることを切望していたハートの夢は、彼の出で立ちと同様、地味ではあったが、彼はそのために今年も必死で戦っていた。

 今季、トップ10に4度も入り、いつになく好調だったハートはツアー選手権出場が決まるプレーオフシリーズ第3戦のBMW選手権で優勝争いに絡んでいた。2位に7人がひしめく混戦状態。ハートが心の中で唱え続けていたのは、優勝ではなく、やっぱりツアー選手権に出たいという一念だった。

 72ホール目のバーディーパットに挑む直前。ハートはキャディに、こんな一言を告げた。

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