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1.大人はなあ、毎日が日直なんだよ!!

  • 千野 帽子

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2008年10月8日(水)

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働くということをあつかったときに、文学はどうなってしまうのか?

 働く大人のみなさん、お元気ですか?
 休みたくても休めない。だってもう子どもじゃないんだから。
 遅刻・欠席しちゃいけない。だってボクらは大人だから。
 毎日毎日ボクらは日直で、職場の黒板ふいて、職場で学級会のMCして、職場に居残って花瓶の水を替えていて「トイレの花子さん」に遭遇してしまって、まったくイヤになっちゃうよ。

 この連載「毎日が日直。」には、「働く大人」の文学ガイド、と副題をつけた。しかしこの連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない

 そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。

 働くということをあつかったときに、文学はどうなってしまうのか?
 これがレポートすべき内容である。

 これは自戒なのだが、ふだん、当たり前のように働いていると、働くということが自明のように思われて、いろんな感覚が磨耗してしまう。

 しかし、世のなかには多種多様な「働くこと」がある。それに、同業種の人や同じ職場の人であっても、「働くこと」についての考えかたは、じつは自分とはまったく違っていたりするかもしれないのだ。

 「働くって、なんなんでしょうね」

なんて同僚と話をするのはなかなか難しいことだし、できたとしても、相手が上司だったら、一方的に持論を語られてしまう危険があるのでお奨めしない。しかもたいてい、そういうのはだれの「持」ちものだったのやら知れたものでない、どっかよそで聞いたことあるような「持論」なのだ。

 だから、この連載の正しい読みかたは、「勤務中にこっそり読む」である。
 間違っても帰宅後や休日には読むな。
 いつもより早く目が覚めた日の出勤前、だったら許す。

*   *   *

金はある、家庭もある、キャリアもある、でも「なにか」が搾取されてボロボロになっているという気持ち悪さ

 先月、「ユリイカ」2008年9月号の特集『太宰治/坂口安吾 無頼派たちの“戦後”』に書く原稿のために、奥野健男「太宰治再説」(1965)(文春文庫「太宰治」に所収)を読んでいたら、こんなことが書いてあった。

大人の文学とはいったい何を指すのであろうか。〔…〕中年の心理は文学とは無縁である。中年はただ生存競争にはげまねばならぬ。すべてをあげて自分や家族の生活の設計に没頭せねばならぬ。自分の中にある反社会的な、状況への適応障害的な心理はあえて抑圧せねばならぬ。役に立たない悩みやら、理想やら、倫理やらは捨てなければ生きていけない。女々しさ、純粋さは百害あって一利なしである。主要な関心は生存競争、権力闘争にあり、その場合、文学的な心情は不必要であり、有害なのだ。

 ぼくは本質的に中年の文学というものはあり得ない、文学とは本来、青年のもの、ないしは老年のものであると考える。実際の世間では役立たず、軽蔑される青っぽさ、女々しさ、ぐちっぽさこそ、文学の本質ではないか。

 そうかもしれない。けれどこの文は高度経済成長期に書かれたものだ。会社員のロールモデルがまさにモーレツ社員だった時代の話だ。青っぽくない大人、女々しくない男、そんなものは21世紀の現在、もはや理念のなかにしかないのではないか。

*   *   *

 たとえば犯罪、たとえば不倫、あるいは戦争、いじめ、差別、性倒錯、家庭崩壊、政変。そういう特殊な題材ならともかく、「働く」という、多くの人が当たり前のようにやっていることをあつかっても、文学がどうか〈なってしまう〉なんてことは、ないのではないか。そう思う人もいるだろう。

 しかし「働く」というのは、近代以降の文学に当たり前のように描かれながら、じつはなかなかストレートに切り込むことができない対象なのである。

 とくに相手が「会社員」ともなれば、ますますそうなのだ。1996年に、小説家・伊井直行は加藤弘一によるインタヴュー「伊井直行氏と語る」でこう発言している。

会社員の出てくる小説は、会社の中で電話をかけているとか、昼休みになにかしているとか、社員旅行でどうとか、会社から帰って家でどうとかという展開になって、仕事の話は出てこない〔…〕

会社員というのは上半身が会社にとけこんでしまっていて、全体像を書こうとすると、会社の仕事そのものを書かなければならないんです。そんなものは読んでおもしろいわけがない。

 これも、たしかにそのとおりだとは思う。けれど、伊井直行ほど厳しい見方をする必要もないだろう。仕事を正面からは描けなくても、横目でちらりととらえた「仕事」像が、小説の本文のどこかに隠れているはずなのだ。

 昭和なら城山三郎や高杉良の経済小説、平成なら江上剛の会社員小説があるじゃないかって? もちろん、そういうものは安心して読めるかもしれないけれど、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問を、ひとつひとつ拾っていこうなどという回路はなさそうだ。

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