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どこまでいってもかみあわない、エアー対談~『リアルのゆくえ』
大塚英志+東浩紀著(評:栗原裕一郎)

講談社現代新書、860円(税別)

  • 栗原 裕一郎

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2008年9月29日(月)

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評者の読了時間2時間00分

リアルのゆくえ──おたく/オタクはどう生きるか

リアルのゆくえ──おたく/オタクはどう生きるか』大塚英志+東浩紀著、講談社現代新書、860円(税別)

 読者を選ぶ対談集である。副題にある「おたく/オタク」という表記、これはある意味で試金石になっていて、この書き分けにピンとこない人は本書の想定読者からはたぶん外れるだろう。

 「おたく」は大塚英志がこだわっている表記で、彼の論では「おたく」と「オタク」は厳密に使い分けられる。それがどんな議論かには踏み込まないが、ようするに「おたく」は大塚を、「オタク」は東浩紀を表象しており、この副題は「大塚英志/東浩紀」と読み替えることが可能だ。

 その程度の解読を(当人が意識するか否かに依らず)やってのける素地を持った読者、つまり、大塚英志や東浩紀、および彼ら界隈の人たち(対談中に頻繁に名前のあがる宮台真司やその影響下にある若手など)が織りなすサークルに「萌える」人々が本書の想定ターゲットということになるだろう。

 まあ、狭い。とはいえ、本書は発売後すぐに1万部の増刷が決まったそうで、それくらいの市場は抱えている、現在の商業出版にとっては十分に広い「狭さ」であるわけだ。

 さて。

 大塚英志はおんなじことしかいわない。私は量産される彼の本になかなか忍耐強くつきあってきたほうだと思うし、『物語消滅論』(角川oneテーマ21、2004年)が語り下ろしで出たときなど、さる文芸評論家が「使い回しばっかじゃん、いい加減にしろよ」と呆れたのに対し、「や、それでもけっこう見るところがあるよ」とプライベートな会話で弁護したほどなのだが、その後『更新期の文学』(春秋社、2005年)を読んだとき「使い回しばっかじゃん、いい加減にしろよ」と呆れ、以来大塚は読んでいない。

 東浩紀もおんなじことしかいわない。おまけに東は基本的に人の話を聞かない。「アラザル」というミニコミのインタビューで批評家の佐々木敦が、東の対談における発言は「対談してるはずなのに相手の発言を取っ払っちゃうとモノローグになっちゃう」と評していた。

 おんなじことしかいわないふたりが対談するのであるから、当然、噛み合わない。

 東がメイン格の対談なら、相手が適当に合いの手を入れたりするおかげでなんとなく会話のように見えたりもするのだけれど、本書の場合、年齢的にもキャリア的にも、東が大塚に敬意を払う(つまり大塚の話を聞く)という力関係にあって、そのため、対談が進むにつれて、齟齬と対立がどんどん深まっていく。

 東のモノローグに大塚のモノローグが激しくツッコミを入れつづけるという、見方によっては「白熱」などと形容されるかもしれないが、不毛といえばこれほど不毛な議論もそうないだろうという禅問答のようなやりとりが延々と反復されるのである。副題の「おたく/オタク」=「大塚/東」は、この齟齬と対立までをも含みこんだものだったわけだ。

ネット社会の上での「表現」と「公」を語る

 内容に移ろう。本書には、断続的にいくつかの媒体で持たれた4つの対談が収められている。具体的にはそれぞれ、2001年、2002年、2007年、2008年に行なわれたもので、終章2008年分は秋葉原事件を受けての語り下ろしである。

 7年間とそこそこ長い期間にわたっているわりには語られているテーマはそう多くない。ミヤダイが何をいってそれがどうで、といったサークル内輪話を除くと、中心となる議題はふたつほどしかない。

 要約するなら、「ポストモダン社会における表現のリアリティ」と「新しい公共性と言論人の責任」というところだが、どちらも情報技術環境の変化を議論の前提としている点で、本質的には同じ話題ともいえる。

 前者については、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001年)と『ゲーム的リアリズムの誕生』(同、2007年)で東が論じた、データベース化した世界観とそのシミュラークルにすぎない作品に「動物化」した享受者(消費者=オタク)が条件反射のように「萌える」という話の再説とその延長線という感じ。それに大塚が疑義を呈し、ポストモダンの「動物」なんて絵物語なのだから、かつて自然主義文学が仮構した「私」を更新し、近代をあらためてやりなおす新しい「私」をつくるのがいまどきの文学の使命だ、といった、大塚の読者には耳にタコの持論をぶつけている。

 後者については、ネットをはじめとするテクノロジーが構築しつつある新しい環境が「政治」をどのように変えるかといったところか。人文系で最近流行りの「自由論」の一種といっていいだろう。

 論壇誌によって囲い込まれる「論壇」の言説、「政治」を語る言葉が機能不全におちいっているという点では両者は見解を一にしており、「公」というものに対する視点を新たにしなければいけないという点でもたぶん一致している。

 しかし、そこで言論人としての自分がどのような態度を取るべきかについて意見が割れていて、この齟齬をめぐるやりとりが、新書としては厚めの対談集の、大半とまではいわないが3分の1くらいを占めているのである。

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