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著者24歳、渾身の一冊~『おまえが若者を語るな!』
後藤和智著(評:栗原裕一郎)

角川oneテーマ21、705円(税別)

  • 栗原 裕一郎

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2008年9月30日(火)

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おまえが若者を語るな!

おまえが若者を語るな!』 後藤和智著、角川oneテーマ21、705円(税別)

 いきなり「おまえ」呼ばわりである。「おまえ」と指を突きつけられ批判されているのは、俗流「若者論」を振りまく知識人文化人たちだ。

 若者を理解不能なエイリアンというネガティブ・イメージで染めあげ、攻撃排除することをもっぱら眼目とする俗流若者論が、ある時期(90年代後半)からマスメディアでバッコしはじめ、教育や政策の現場などにまで浸潤するにいたっていると後藤は指摘する。

 俗流若者論(実態は「反若者論」)とは、たとえば「ニート」や「下流」などに代表される、実証的な根拠を持たず思いつきの域を出ない「枠(レジーム)」で「若者」を型にはめ、その手前勝手な「レジーム」に沿って若者を批判するというマッチポンプじみた言説のことだが、「俗流」という語からくる予断を裏切って、害悪を垂れ流したと糾弾されるのはむしろ学者のほうが多い。

 元凶としてまず念入りに検証されるのは、社会学者の宮台真司と、精神科医の香山リカだ。90年代後半から、このふたりがメディアでまき散らした「脱社会的存在」(宮台)とか、「解離」「ぷちナショナリズム」(香山)といった概念が、以降の「若者論」の雛形になっていると考えられているからである。

 宮台真司は「ブルセラ社会学者」として90年代なかばにメディアに登場した。援助交際する女子高生を「終わりなき日常を生きている」とか称揚していたことにあきらかなように、当初は、少年犯罪の原因は社会にあるという論調だったのだが、98年に栃木県黒磯市で起きた中学生教師刺殺事件を境に突如一転し、「若者の代弁者」的な振る舞いを捨て、若者の「実存」に事件の原因を求めるようになっていく。

 ここで宮台が持ち出したのが「脱社会的存在」という概念だった。若者の理解不能な犯罪=脱社会的な犯罪と決めつけたわけだが、べつに論理的に導かれたものではない。宮台は「社会システム論によれば~」と念仏のように唱えていたが、〈実証的説明すらろくに行なっていない〉

 そして、自分でデッチ上げた「脱社会的存在」に絡め取られるように、以降の宮台は自身の思想に閉じこもり、若者バッシングにひた走ったというのが後藤の分析である。

 香山リカもまた黒磯市の中学生教師刺殺事件を境に論調を変えたという。

 酒鬼薔薇事件のころまでは、テレビゲーム批判などに流れがちなマスコミの論調に疑問を投げかけることが多かったのだが、黒磯市の事件を機に「解離」や「離人症」を持ち出すようになる。少年が「キレる」のは「解離」のせいだというわけだ。これ以降、香山は何でもかんでも「解離」「離人症」で解釈しはじめ、インターネットをその原因と見なし批判するようになっていく。

 若者層に蔓延する「解離」という心性の変化とインターネットとの結びつきは、ほどなく「ぷちナショナリズム」というアイディアを生み出す。香山の『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ、2002年)をきっかけに、若者の右傾化を憂える俗流ナショナリズム論が盛んになったことは記憶に新しいだろう。

内輪で盛り上がるのはそりゃ楽しいだろうけど

 三浦展(マーケッター)が『下流社会』などで説いてきた俗流若者論も「ぷちナショ」現象の一環と見なされている。俗流ナショナリズム論とともに浮上してきた格差論の最悪のかたちという位置づけである。

 「ぷちナショ」現象は、それまでは少年犯罪や若者の消費行動といった領域にとどまっていた「若者論」を、政治のフィールドに飛び火させた。2005年の衆院選で自民党が歴史的圧勝を遂げたさい、若者の右傾化が背景にあると分析された事実を後藤は象徴的な例としてあげている。

 さて、後藤の「若者論」批判は、大まかにいって二系統に分れている。

 ひとつは著者が「宮台学派」の「狭いサークル」と呼ぶ、東浩紀(批評家)、北田暁大、鈴木謙介(ともに社会学者)、宇野常寛(評論家)といった若手論者への批判だ。パール判事論争で小林よしのりにコテンパンに伸された中島岳志(政治・歴史学者)などもその端っこくらいに位置づけされている。

 彼らへの批判に通底するのは、宮台真司や香山リカがデッチ上げた「レジーム」を無批判に受け入れた、実証性を欠いた思いつきやアナロジーにすぎないという指摘で、後藤は、「宮台学派」の言説は「狭いサークル」内に自閉した言葉遊びであると唾棄する。

〈彼らの言説の多くが、所詮は狭いサークル内での内輪話に過ぎないことくらいは、もう少し広く認識されてもよいのではないか。ここ一五年の間に広がった、事実とはかけ離れた解釈や認識を肴に、解釈合戦を繰り広げているに過ぎない。そのような「若手」論客たちのサークルがいくら盛り上がったところで、現代社会の「現実」が劇的に変化したこと(モダンがポストモダンになったなど)の証明にはならないのである〉

 もうひとつは、俗流若者論が「教育政策」に与えた悪影響にかんするもので、98年以降の「教育改革」がターゲットである。

コメント3件コメント/レビュー

いま「学術書」は5000部売れれば大ヒットで、初版3000が普通の世界で、それ以上部数のでる宮台氏や「ブログ系筆者」は5000人程度の固定客を相手にするだけで「スター」になってしまう現実があります。ここで挙げられている筆者たちの多くがそうである事実を横目に、若い24歳のこの大学院生筆者も その轍を踏まないでほしいと思いました(2008/10/01)

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いま「学術書」は5000部売れれば大ヒットで、初版3000が普通の世界で、それ以上部数のでる宮台氏や「ブログ系筆者」は5000人程度の固定客を相手にするだけで「スター」になってしまう現実があります。ここで挙げられている筆者たちの多くがそうである事実を横目に、若い24歳のこの大学院生筆者も その轍を踏まないでほしいと思いました(2008/10/01)

前回に引き続きテンションの高い書評をありがとうございました。「リアルのゆくえ」は前回の書評に影響されて購入を見合わせてしまいましたが、こちらの本は買って読んでみようと思います。職場の友人など、周りにはこういった現代文化論・社会学論(というほど大げさなものではないかもしれませんが)に興味を持つ人がいないので、こういう話題を振っても誰も話に乗ってくれずにつまらない思いをしています。平均的サラリーマンは、宮台真司・東浩紀の名前すら知らないのではないでしょうか。そんな中、この2回の書評は大いに楽しめました。これからも興味深い本を紹介してください。(30代後半・女)(2008/10/01)

この手の話題に弱い私には,前半は何のことかわからずにとまどいました。が後半は,なるほど,この書評の著者が良さそうだと言っているようなので,読んでみようと思いました。(2008/09/30)

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