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60年前にインターネットを予見した男~『ハイエク』
池田信夫著(評:荻野進介)

PHP新書、700円(税別)

  • 荻野 進介

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2008年10月1日(水)

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ハイエク──知識社会の自由主義

ハイエク──知識社会の自由主義』 池田信夫著、PHP新書、700円(税別)

 「一身にして二生を経る」という言葉があるが、この人も自らそう実感したのではないだろうか。

 フリードリヒ・A・フォン・ハイエク。1930年代から、社会主義やケインズ理論といった、政府による経済コントロールを是とする立場に闘いを挑んだ彼は、反共や保守反動の代名詞として、“進歩的知識人”から嘲笑され続ける。講演会で登壇すると、聴衆から生卵や腐ったトマトをぶつけられることもあったという。

 ところが20世紀の後半になると、ハイエクの思想を現実が後追いし始める。1974年にノーベル経済学賞を受賞すると、彼の理論は異端から先端へ様変わりし、サッチャー英首相やレーガン米大統領らが実際の経済政策に応用、両国の経済が劇的に立ち直るや、一挙に名声が高まり、新自由主義、あるいは新保守主義のイデオローグとして注目を浴びる。1992年、92歳で世を去るが、その後、社会主義は完全に崩壊し、今やケインズ政策も時代遅れのレッテルを貼られつつある、というのはご承知の通りだ。

 本書は、そんな不死鳥の如きハイエク思想の源流をわかりやすく紹介しながら、その現代的意義にまで筆を進める。同じPHP新書では、社会主義の危険性を説いた主著『隷従への道』の内容を解説する『自由をいかに守るか』(渡部昇一著)があり、本書とあわせて読むと理解がより深まるだろう。

 偉大な人にも師はいるものだ。ハイエクの場合、大きな影響を受けたのは、同じオーストリア人のメンガーという経済学者だったという。「商品の価値はそれを生み出した労働時間で決まる」という古典派経済学の考えに反論し、それを決めるのは消費者の「必要」の高低である、と唱えた新古典派経済学の元祖のひとりだ。労働時間という「客観」よりも、人間の「主観」を重んじる姿勢を彼から学んだのだろう。

 また、経済学者にして思想家だったハイエクは、哲学者からも影響を受けている。代表格が人間の理性よりも感覚に信頼を置くデヴィッド・ヒューム。彼からは「経験的な事実から、ある法則を帰納的に導き出すことはできない」という懐疑主義を摂取したという。

 もっともメンガーの主観主義は、同時代の物理学者エルンスト・マッハから来ており、そしてマッハはヒュームの影響下にあったというから、ハイエクの源流はヒュームということだ。

 主観主義者、懐疑主義者たるハイエクは、客観主義者、合理主義者の多くの論敵と対峙することになる。なかでも、著者が力を入れて解説するのがケインズとの戦いである。

 ハイエクが経済論壇に姿を現すのは、米ウォール街を襲った1929年のブラックマンデーに端を発する世界的な大恐慌期。「市場経済=自律的に動くシステム」という見方を終生、堅持したハイエクは、政府の市場介入の必要性を力説したケインズを批判するも、大恐慌に対して適切な処方箋を描けなかったため、論争はケインズの圧倒的勝利に終わる。

 しかし、大恐慌期という、失業者が街に溢れるような非常時においては、確かに政府による景気刺激策は有効だが、同じことを失業者が少ない状態で実施すると、逆に不都合なインフレが起きる、と著者は述べ、結局、ケインズ・ハイエク論争の経済学上の軍配をハイエクに上げるのである。

人間の理性を信じると、自由は圧殺される

 冒頭で述べた通り、ハイエクが批判し続けたのは、ケインズ主義や社会主義に共通する、特定の目的のために社会を計画的に動かそうという思想である。その源流はプラトンの国家論とデカルトを始祖とする合理主義であった。そこでは、個人はすべて理性を共有し、世界についての客観的で正しい情報をもって行動する、と想定された。

 人間の理性に全幅の信頼を置く、この「合理主義」に対して、ハイエクが依拠するのが人間の理性を疑うヒューム流の「懐疑主義」だった。合理主義の行き着くところは、自由の圧殺だ。全知全能を備えた中央当局が永遠の未来を合理的に予想し、世界を正しく導くことができれば、自由は必要なくなるからだ。まさに、「自由は屈従である」がスローガンとなった社会の恐怖を描く、オーウェルの古典SF『1984』の世界である。

 いや、フィクションではないかもしれない。新古典派経済学を基礎にした現代のマクロ経済学のモデルはまさに「合理主義」が基礎にある、と著者はいう。新古典派経済学はハイエクのいう計画主義の一派であり、そういう意味では「隠れ社会主義」ということなのだろう。

 代わって、ハイエクが重視するのが、言語や習慣といった、人間界における自然発生的な秩序である。彼はそれを「自生的秩序」と呼んだ。

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