「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

2008年10月9日(木)

2. ワーキングプアと「第二の敗戦」。 

小林多喜二『蟹工船』(1)

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「働く」と言うとふつうだが、漢語で「労働」とこれを呼ぶならば、いきおい妙な重さが発生する

 こういう話を聞いた。

 ── ここしばらく、チュニックにレギンスとか、デニムの上にユルいワンピースとか、とにかく体(とくにおなか)を圧迫しない着こなしの女子が多いじゃん。

 言われてみればそうだ。大阪のおばちゃんが着てそうな「あっぱっぱ」みたいなのを、道行く女子がまとっている。

 ── ここからがマイ理論なんだけど、経済が停滞して、世情が不安に満ちている時代には、女子のファッションはおなかをユルくする方向に進む、というのはどうかな。

 え、そうなの?

 ── バブルでイケイケな時代にはボディコンが流行ったよね。

 まあ、そうですけと…。

 ── フランス革命前のロココ文化では、コルセットでウェストをぎゅっと締めたわけだし。

 いきなり18世紀の話か、スケールがデカいな。

 ── 逆に中世ヨーロッパでは妊婦が美しいとされて、だから当時の絵なんか見ると、女の人はみんな、ハイウェストで裾がだらんとした、腹部を圧迫しない服を着てるでしょ? あの時代にはペストも流行ってタイヘンだったし……。

 なるほど……っておい!! 途中まで本気で聞いて信じそうになったじゃないか。文章でノリツッコミさせるんじゃない。

 かくのごとく、現在が歴史上のある時期に似ている、という考えかたがある。たとえば高度成長期の1960年代後半は、サイケなサブカルチャーが花開き、〈昭和元禄〉と呼ばれた。そして吉本隆明によれば、いまの時代は第二の敗戦期なのだそうだ。

 「働く」と言うとふつうだが、漢語で「労働」とこれを呼ぶならば、いきおい妙な重さが発生する。今年話題だった小林多喜二の小説『蟹工船』(1929)の世界だ。

 プロレタリア文学の代表作とされる『蟹工船』は、2008年に一般読者のあいだでとつぜんリヴァイヴァルし、たいへんなブームとなった。

 吉本隆明は、

〈『戦後』が終わって『第二の敗戦期』が訪れた現代社会における現実のしんどさと前途への不安〉

こそが『蟹工船』ブームの要因であると述べて、大いに話題になったわけだ(「「蟹工船」と新貧困社会 これは「第二の敗戦」だ」「文藝春秋」2008年7月号)。

 吉本のこの発言の続篇が、前回触れた「ユリイカ」2008年9月号の特集『太宰治/坂口安吾 無頼派たちの“戦後”』に載っている(「男とはマザー・シップと見つけたり あるいは存在を耐えるための軽さ」)。〈第二の敗戦〉説に興味のある人は必読だと思うが、この説を信じるかどうかは、あくまで自己責任でね。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「讀賣新聞」「野性時代」「ミステリマガジン」「Aspect」にて連載、また「東京新聞」「SPUR」「Figaro japon」「Hanako WEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「活字倶楽部」などに寄稿。


このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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