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3. エログロナンセンス時代の「見世物小屋」。 

小林多喜二『蟹工船』(2)

  • 千野 帽子

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2008年10月10日(金)

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プロレタリア文学『蟹工船』は昭和初年、エログロナンセンス文化の時代に書かれたアジテーション小説だった

蟹工船・党生活者

蟹工船・党生活者』小林 多喜二著、新潮文庫、400円(税別)

承前

 蟹工船とは、獲った蟹をそのまま罐詰にする工程まで一気にやってしまう船のこと。作中、カムチャツカ沖の蟹工船「博光丸」で働く出稼ぎ労働者たちは、人を人とも思わない過酷な労働条件のもと、資本家に搾取されていた。

 『蟹工船』は、当初は諦めかけていた彼ら戦前のワーキングプア集団が、だんだんと団結の意志を固め、蜂起するまでの道のりを、群像ドラマふうに描いた小説だ。

 この作品が発表された昭和初年とは、「エログロナンセンス」文化の時代だった。小説という形でアジテーションをおこなうためには、流行や好尚を無視することはできない。当然だが、読み手を煽るようなショッキングでセンセーショナルな演出が要求される。『蟹工船』はこのニーズにみごとに応えた。

 たとえば、労働者たちの監督役であり、資本家サイドの代理人である淺川なる人物の鬼畜っぷり。以下、酷寒の長時間労働に耐えかねた学生が倒れる場面を、少し長いが最後まで読んでほしい。

 學生が蟹をつぶした汚れた手の甲で、額を輕くたたいてゐた。一寸すると、そのまま横倒しに後へ倒れてしまつた。その時、側に積〔か〕さなつてゐた罐詰の空罐がひどく音をたてて、學生の倒れた上に崩れ落ちた。〔…〕監督はポケットからピストルを取り出して、玩具のようにいぢり廻はした。それから、急に大聲で、口を三角形にゆがめながら、背のびをするように身體をゆすつて、笑ひ出した。

「水を持つて來い!」

 監督は桶一杯に水を受取ると、枕木のように床に置き捨てになつてゐる學生の顔に、いきなり――一度に、それを浴せかけた。

「これでええんだ。――要らないものなんか見なくてもええ、仕事でもしやがれ!」

 次の朝、雜夫が工場に下りて行くと、旋盤の鐵柱に、前の日の學生が縛りつけられてゐるのを見た。首をひねられた鶏のやうに、首をガクリ胸に落し込んで、背筋の先端に大きな關節を一つポコンと露はに見せてゐた。そして子供の前掛けのように、胸に、それが明らかに監督の筆致で、

「此者ハ不忠ナル僞病者ニツキ、麻繩ヲ解クコトヲ禁ズ」

 と書いたボール紙を吊してゐた。

 映画「ベン・ハー」で主人公が送られたガレー船も、そこから生還することは難しいとまで言われた過酷な労働環境だったらしいが、20世紀の日本を舞台にこういう力ずくの支配と虐待が描かれるというのは、他の分野の小説ではまず見られないことだろう。おまけに柱に縛りつけられて〈不忠〉もの呼ばわりの晒しものである。ここまでされて、それでも「労働は尊い」と言えるだろうか。

 この悲惨さは、『闇金ウシジマくん』だけでなく、なんというか根本敬とか山野一といった、1980年代の「ガロ」系漫画をすら思い起こさせるものではないだろうか。

*   *   *

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