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「全入時代」を勝ち抜くヒント~『早稲田と慶応』
橘木俊詔著(評:近藤正高)

講談社現代新書、720円(税別)

  • 近藤 正高

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2008年10月9日(木)

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評者の読了時間7時間10分

早稲田と慶応──名門私大の栄光と影

早稲田と慶応──名門私大の栄光と影』 橘木俊詔著、講談社現代新書、720円(税別)

 昔、テレビで福岡出身のあるタレントが、慶応義塾大学について「大分の人間がつくった学校やけん、たいしたもんじゃなか」、さらに早稲田大学については「佐賀の人間がつくった学校やけん、たいしたもんじゃなか」などと郷里の友人たちとよく悪口を言っていた、というような話をしていた。

 言うまでもなく、慶応義塾をつくった「大分の人間」とは福沢諭吉であり、早稲田大学をつくった「佐賀の人間」とは大隈重信のことを指す。上記の話は、彼らと同じ九州の人間からそんな悪口(というかほとんど負け惜しみだが)が出てくるほど、早慶両校が名門校となっていることの証しともいえるかもしれない。

 本書はその両校が、現在にいたるまでいかにして受験生の人気を集め、発展を続けてきたのかをその建学精神や校風、出身者、教育方針などさまざまな観点から探るものである(ちなみに、経済学者である著者は、これまで両校で学んだことも教えたこともないという)。

 東京六大学野球の早慶戦に代表されるように、両校はなにかとライバル視されてきたわけだが、その創立者である福沢と大隈は意外にもというべきか盟友同士だったという。

合い言葉は「反権力」「反官僚」

 二人が出会ったのは明治の初め、1875年のこと。一貫して在野の教育者であった福沢と、明治政府でめざましい活躍をしていた政治家の大隈は、利害対立がないだけに親しく交流できたようだ。両者はともに英国流の穏健な立憲政治、民主主義を好み、また福沢が大隈のブレーン的な役割を果たすこともあったという。

 福沢はすでに1858年、蘭学塾を設立していた(それから今年でちょうど150周年を迎えることから、慶応では来月記念式典が行なわれる)。これが10年後、時の元号からとって慶応義塾と命名される。明治に入ると新政府は、官僚主導による教育の中央集権化(その頂点には官僚養成を重視する東京大学が置かれた)を推し進めるが、福沢は私学の意義を強調した。

 だが、官立学校の学生には徴兵を免除するなどの官学優先の政策により、私学の志望者は激減し、慶応は経営難に陥る。1880年には福沢は廃塾を決意したものの、周囲がリストラ策を勧めてどうにか回避したという。こうした経緯から慶応では「反官僚」という精神が育まれる。

 一方の大隈は、ほぼ同時期の1881年、いわゆる「明治14年の政変」で一時的に下野を余儀なくされ、翌年に東京専門学校を創立している。これがのちの早稲田大学である。当時の政府は、失脚した大隈のつくった同校に対し、誹謗中傷して銀行が融資できないようにしたり、入学者を阻止するような行動をとったという。現在にまで脈々と流れる早稲田の「反骨精神」はここから形成されていく。

 このような創立者たちのパーソナリティや建学の精神から、早慶はいずれも「反権力」「反官僚」志向が強く、官僚ではなく、経営者や政治家、あるいはジャーナリストや作家などを多数輩出することになる。

 著者はこうした早慶両校の輝かしい歴史をたどる一方で、両校がはらむ問題を指摘することも忘れない。慶応についてはたとえば、『格差社会』(岩波新書)を書いた著者らしく、格差社会・階層固定化に入ったといわれる時代の象徴としてとりあげている。

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