「シネマde青春」

第2回:エリン・ブロコビッチ

「あなたの脊椎の値段を考えてみたら?」

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2008年10月10日(金)

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 ジュリアに夢中なのだ。説明するまでもないと思うが、ジュリア・ロバーツである。
 どのくらい夢中かというと、家内にも言ってあるほどだ。

 もしジュリアに求婚されたら、そのときは申しわけないが黙って離婚届に判を押してくれと。家内もそのへんはわかってくれたらしく、そうね、ジュリアが相手だったらわたしは何も言わずに身を退くわ、と言ってくれている。理解のある女房でよかった。これで私はいつジュリアに求婚されてもいい。そのくらい夢中だ。

 私と同じようなことを考えている男性は、おそらく世界に何十万人、もしかしたら何百万人といるのかもしれない。天気晴朗なれどライバル多し。ジュリアは、それだけの男性のハートを釘付けにしたのだ。罪な女だぜ、まったく。

 ジュリアを語るとすれば、やっぱりあの映画になるのだろうか。

 しかし、そうすると2回続けてリチャード・ギアのことを書くことになるし、でもあの映画を初めて観たときの衝撃はすごかった。劇場公開されたとき、たまたま私は海外に暮らしていて、ヴァン・ヘイレンがロックふうにアレンジした曲と同じタイトルだったから観に行ったに過ぎないのだけど、その映画にまさかこんな別嬪さんが出演していたとは。

 ストーリーもとってもロマンティックだったし……、この映画が彼女のデビュー作ではないが、この映画の出演がきっかけでジュリア・ロバーツは一躍ハリウッドを代表する女優に躍り出て、世界中の男性を虜にした。のではないかと思っている。少なくても私はその1人。めろめろになった。カリメロではない。

 海外では当然のように日本語の字幕はないから、聞き取れない台詞やわからない単語があると自分に言い訳をして、結局4回も観に行っちゃった。料金はたったの5ドル。オーストラリアにいたから正確には5オーストラリアドル。バブルの余韻が残っていたので、1ドルは100円ちょっと。オペラは高かったけど、ミュージカルは前から10列目前後の席で20ドルもしなかったような気がする。どうして国によって料金がこんなに違うのかと思ったほどだ。芸術に理解があるか、映画を文化ととらえている国ほど料金が安いのかもしれない。

 その後ジュリアは立て続けに映画に主演して、どちらかというと暗めのものが多かったからどうしちゃったんだろうと思っていたが、しばらく経って考えると、あれが彼女の“戦略”だったのかもしれないと思いなおすようになった。

 わたしは可愛いだけじゃないのよ、と言いたかったのではなかろうかと。

 つまりは、演技派としてのジュリア・ロバーツを証明しておこうと、あえて演技力を求められる脚本ばかりを選んだように思えるのだ。ちょっとご贔屓が過ぎる見方かもしれないが。しかし、ジュリアは演技派だ。と私は思っている。別嬪さんなだけではない。

 だが、スターダムにのし上がるとはおそらくそういうことで、美人なだけではダメで、演技が伴ってこそのハリウッド女優なのだろう。逆に、演技だけが優れていてもやっぱりダメで、そこには女優としての“華”が求められているのだと思う。あとは出演作品を選ぶ目と直感、そして運……、他に何があるだろう。それがわかっている人間が、ハリウッドでもビジネスでも見上げられる存在になる。あるいはその資質を秘めている。

 ジュリアが主演した映画で言えば、個人的には「ノッティングヒルの恋人」が好きで、何年か前にロンドンを訪れたときにわざわざポートベロ・ロードまで足を伸ばして“青い扉の家”を探したくらいなのだが、今回はこの映画を。

 実話をもとに描かれた「エリン・ブロコビッチ」である。

 タイトルは実在する女性の名前だ。3人の子持ちでバツ2。失業中のうえに銀行の残高はわずかに74ドル。かつてはミスコンの女王だったが、どこで人生の歯車が狂ったのか、やることなすことうまくいかず、明日の生活にも困るエリン役をジュリアが演じる。

 おそろしく蓮っ葉な口をきく女性らしいのだ、エリンという人は。

 カッとなったときはもちろん、会話が熱を帯びたときも“F”で始まるあの放送禁止用語を連発し、それは時と場所を選ばない。法廷の席でも、あのクソッタレが、と言い放つくらいである。度胸は買うが、まかり間違っても日本では“大臣”になんかしちゃいけないクチだ。そのクチの悪さが災いして陪審員の心証を悪くし、だから交通事故の慰謝料も取り損ねる。

 腹立ち紛れもあったのだろうが、背に腹は代えられないというか、通帳の残高が16ドルになったエリンは、自分の裁判を担当した弁護士事務所で押しかけ女房ならぬ“押しかけ社員”として勝手に働き出す。これが物語の始まりの場面だ。当の弁護士が、どうして彼女が働いているんだ、ときょとんとするのである。

「同情より給料をちょうだい。わたしは利口で働き者よ、採用するまで帰らないわ。お願い、わたしの顔を立てて。使えなきゃクビでいい」

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著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

シネマde青春

趣味は楽しむから趣味なのだ。映画もまた、楽しんで観るから娯楽なのだ。たくさん観ているからといって偉いわけじゃない。要は、楽しめたかだ。それがいちばん正しい映画の見方だと私は思っている。・・・それでも、映画を観るたびに考えさせられることや勝手に学んだつもりになることは多々あって、何年経っても忘れられない場面もあれば、解釈の仕方ひとつで何気ない台詞に影響を受けたり、その台詞を借りて自分を励ましたり勇気づけたこともある。だから映画は面白いのかもしれない。そうした場面や台詞を拾い上げながら、私なりに感じたことを徒然に、道草を食いながら綴っていこうと思う。

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