これまで数え切れないほど柳家小三治さんの高座は見せていただいているが、スタジオで至近距離で見る小三治さんは、彫刻の名品を見ているような存在感がある。奈良の興福寺にある無着・世親菩薩像が動いているような印象だった。
小三治さんとのお話で、強く印象に残ったのは「下からの目線」である。社会の一般大衆、それも底辺にいる人々を描くのが落語の世界。そのような場所でも人間としてごく普通に生きていれば、そこには笑いがある。だから「笑い」はそれ自体を目的にして生きるのではない。家族、恋人、友達と楽しく生きていれば、笑いがこぼれる。
「みんな笑っている自分が好きでしょ」と小三治さんは言う。これは深い言葉だ。脳科学の視点からも「笑い」についてはいろいろと考えてきたけれど、私が思い至っていないことをたくさん考えている人なのだと思った。もちろん、小三治さんは50年間もプロでやってこられたわけだから、当然ではあるけれど。
小三治さんは、子供の頃「いつも一番でなければならない」とお父さんに言われ続けて育てられたという。ずっとエリート意識を植え付けられていたときに、落語に出会い、「一番下からの目線」に出会った。そして「これだ!」と感じた。
若い頃に、高座で大受けして自分でも面白く語れると感じていた時、師匠である柳家小さんから「お前の噺は面白くないな」と言われてしまう。こういうふうに言えば伸びるからと思って師匠が言ったのでなく、本当に面白くなかったのだと小三治さんは振り返る。それから本当の「面白さ」とは何かをずっと追い求めている。
今でこそこうして語れるけれど、非常にショックだったと思う。これが小三治さんの芸の原点なのかもしれない。
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