渋滞学の視点で社会を見たとき、人々が焦って効率よく物事を処理しようとすると逆に非効率になるという現象が浮び上がってくるという。
そういえば、ここ10年さまざまな分野で「合理化」や「効率化」が叫ばれてきた。その結果どうなったのか、このあたりで冷静に見詰めてみる必要がありそうだ。後編では、渋滞学の応用によって明らかになってきた事実について尋ねる。
--前編で、「我れ先に」と急ぐよりも人の後を付いていくほうが、全体的にはみんなが早く目的地にたどり着けるという実験結果を紹介していただきました。そうした事例はほかにもありますか?
西成:いろいろとあります。
私は「デパートなどの混み合ったエレベーターは2台目に乗って下さい」と言っています。最初に来たエレベーターに乗ったほうが早く目的階に着くと思いがちですが、各階の客を拾っていくのでかえって時間がかかる場合が多いのです。2台目のほうが大抵の場合、早く希望の階に着きます。

西成活裕・東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻准教授 1967年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻課程修了、工学博士。山形大学、龍谷大学、ドイツ・ケルン大学などを経て現職。主な著書に『クルマの渋滞アリの行列』(技術評論社)、『可積分系の応用数理』(裳華房)、『渋滞学』(新潮社)など。
見かけの効率と真の効率との違いを考えさせられる、こんな例もあります。人々に狭い出口から早く出てもらうには、出口付近に柱などの障害物を置くといいのです。歩行の妨げになると思うかもしれませんが、むしろ人の流れがよくなります。
これは一升瓶に入れたお米を出すとき、口に割り箸を差し込むと米がより多く流れ出るのと同じです。障害物がぶつかりを減らし、流れをよくするのです。
人が出口に殺到すると、ぶつかりあってその度に0.3秒くらい通常より時間がかかります。これに対して手すりや柱を置くと流れが分割され、互いにぶつからずに済むのです。
ただ残念ながら、現行の消防法は、出口付近に障害物を設置することを禁止しています。いま消防庁に改善を提案しているところです。
体の中にも渋滞が
--渋滞学の視点からさまざまな社会的提言を行っているのですね。アルツハイマーの研究にも携わっていると聞きました。
西成:神経細胞の中で栄養分の伝達が悪くなると、神経活動が不活性になってしまう。それがアルツハイマーの原因のひとつと言われています。
神経細胞が道路だとしたら、栄養分を運んでくれるトラックが「分子モーター」と呼ばれるものです。そして、トラックのガソリンにあたるのが「ATP(アデノシン三リン酸)」。これがないとトラックは動けません。
実験でたくさんATPを与えたら分子モーターはびゅんびゅん動きました。しかし、分子モーターの距離が詰まって逆に“渋滞”してしまった。与えすぎてもダメなんです。車も生物も、適度な間隔が渋滞を防ぐという共通点があります。
そうしたところからいま興味を持っているのが工場における渋滞、つまり在庫の問題です。月に一度くらい、あちこちの工場の改善活動に参加しています。
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