「17歳」を撮りためた写真集がある。旅をし、偶然出会ったひとたちのポートレイトを、暮らしている風景の中で撮る。撮影の条件は、17歳であること。ほかには何もない。
声をかけられた人たちは、「なぜ、わたしなんですか?」「どうして僕?」と理由を求める。しかし、写真家は「これも何かの縁だから」と答えるだけ。「誰でもいい」というわけだ。けれども、あえて「選ばない」という姿勢は、強靭な選択のうえに成り立っていることが、写真集を見るとわかる。
一枚一枚の肖像写真は、風景を背景にしているだけだ。すべて生活圏のなか。団地であったり、線路脇であったり、商店街、堤防沿いであったり田んぼの中であったり、とまわりは平凡なものだ。しかし、殺風景ではない。
写っている人たちも、よぉく見ると、ちょっと、へんな顔をしている。チャーミングなのだ。
見開きの右ページに設けられた共通の質問と、モノローグのインタビューを読むと、いや、読みながらまた写真をちらちら見返したりしながら読むと、際立った美人や美男はいないが、実にいろんな「個性」がいることに気づかされる。日本人は「没個性」とかいわれるが、決してそんなことはない。
ひとは様々だ。そんな写真集『17歳 2001−2006』を撮影した写真家・橋口譲二さんに話を聞いた。テーマは、いまの若者をどう思うか。
── 1988年の『17歳の地図』も、今年出された『17歳 2001-2006』も、撮るだけでなく、一人ひとりに丁寧にインタビューをされていますよね。それで、共通の質問項目の中にある「好きな音楽」「最近読んだ本」の二つ、20年前に出された写真集でも同じ質問をされていて、面白いのは、女子だと漫画の『ホットロード』をあげる人が多かった。音楽は、男子は尾崎豊とハウンドドッグ。女子は、BOOWYなんですね。

橋口譲二(はしぐち・じょうじ)
1949年、鹿児島県生まれ。1981年、路上に集まる若者をとらえた「視線」でデビュー、以来一貫して人間の存在を見つめるドキュメントを発表し続けている。作品に『17歳』『Father』『Couple』『職 1991〜1995』『夢』『子供たちの時間』『17歳の軌跡』など。作家活動と並行して2000年より、カメラという身近な道具を使って自分の感情を発見し、表現する喜びを共有するワークショップや、ポートレイト写真と朗読を合わせた試み「スチルムービー」を国内外で行うなど、社会を意識した活動を続けている。ワークショップ活動を継続させるため、2003年にはNGO組織「APOCC」を創設した。
「ああ、懐かしいなぁ。ツッパった格好をしたひとたちが多かった。今度の本では『ハリーポッター』と『いま、会いに行きます』だっけ。あと『“IT”(それ)と呼ばれた子―少年期ロストボーイ』が多かったかな」
── 音楽にしても本にしても、20年前と違うのは、好みがバラバラで幅が広がったということが可能な反面、時代を象徴するようなものがないともいえますよね。
「学校やその周辺で友達と関係を続けていくなかで、自分が興味が有るから読むとかではなくて、そのコミュニティの中にいるための装置の一つとして好きな音楽も最近読んだ本も存在しているんだなぁというのを感じましたね。それがちょっと窮屈というより、気になったかな、好きだから読んだり聞いたりするわけじゃないんですよね、もちろん皆が皆なそうではないと思いますけど」
── あと、姿勢ですよね。今回の写真集の子は、礼儀ただしく「気をつけ」の姿勢をとっている。
「そうでしたか?」
── 足のかかとをピッタリとあわせて、手先を伸ばし、体にくっつけている子が多い。もちろん、みんながみんなじゃないですけど。
「前の本のときはどうでした?」
── 手なんかもうすこし楽に、遊ばせていましたね。ちょっとの違いだけど。
「ああ、それはたぶん、彼らが僕と言葉を交わしていくなかで、ここはちゃんとしなければいけないと思ったんだと思いますね。だから、彼らなりにきちんとした姿勢で立ってくれたんだと思いますよ。
おそらく日常生活の中で大人と接したり、言葉を交わしたりすることが経験としてあまりないことなんだと思いますよ。だから写真を撮られる時の姿勢は、彼らなりの僕へのリスペクトの仕方だったのかもしれない。わからないですけどね」
── すこし自由というか、寛いだ格好をしている子がいるなぁと思ったら、アジアからやってきた子供だったりして。
「(カバーにも使われている、背景に団地がひろがるページを開き)これがいまのニッポンですよね。いま、郊外の県営住宅はどこも中南米からの帰民の人たち、あるいは東南アジアからの難民、中国残留孤児の人たちの姿が多い、公営住宅の役割が変わったということですよね」
「帰れ、ジジイ」と言われて
── 20年前に撮影されたときと今回との大きな違いとして、撮影を断られることが多かったと「あとがき」で書かれていますよね。昔は、探すことに苦労はしなかったけれど、声をかけても今は断られ続けると。
「そうですね。ほんとうに、時間がないからという人もいたと思うんだけど、でも多くは、あとがきに書いたように、目立ちたくないということが大きな理由だと思う。
僕は、仲間でいるうちの一人だけを撮影したい。それは誰でもいい。でも、そこで撮られてもいいと答えるということは目立つということ、友達の外から出るということになる。とにかく、いまの少年たちは目立たないように、目立たないようにというふうにして周りを気にしながら生きている。それは気の毒だなぁと思ったし、恐ろしい事実ですよね、いつも周りを気遣って生きなきゃいけないということは。でもこのことは17歳にかぎったことではないですけど。僕は後書きで書いていますけど、魂が殺されているということですよね。もっと言うと僕ら=社会は、魂の殺人者だということになる」
── 学校の中で撮影したものがありましたよね。沖縄の。
「帰れ、ジジイといわれたのね(笑)」
── 何があったんですか?
「あの時は、僕がいけなかった。放課後に、突然校庭に入って『この中に17歳、いない』と訊いたら、ひとり『僕は17ですけど』と答えた子がいて、その男の子を撮ろうとした。そのあとからリーダー的な子が、別の子も撮ってくれと言ってきたんです。
だけど、僕はリーダーの提案を無視したんですね。彼が、誰も応えてくれないなかで最初に手をあげてくれたから、僕は彼でいいんだといった。たぶんリーダーとしての面子をつぶされたと思ったんでしょうね」
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