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日本の街並みはなぜガチャガチャしているのか~『建築史的モンダイ』
藤森照信著(評:山岡淳一郎)

ちくま新書、740円(税別)

  • 山岡 淳一郎

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2008年10月24日(金)

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建築史的モンダイ

建築史的モンダイ』 藤森照信著、ちくま新書、740円(税別)

 建築は「ひと」のためにある、と思っている。

 その建物を使うひと、住むひとが、建物(空間)と「しあわせ」な関係をつくれるかどうかが建築のテーマだとわたしは勝手に決めつけている。だからどんなに著名な建築家の「作品」であろうが、築後十数年で雨漏りだらけで年間の維持管理費34億円、本気で修繕したら1000億円以上かかるといわれる「東京都庁舎」は、美しいと感じない。

 もちろん、建築のデザイン、フォルムの美は大切だと思う。優れた建築家が、「表現」にこめたエネルギーには鳥肌が立つ。だが、大きな権力や資本が背後にあってこそ可能な公共建築を作品と呼ぶ傲慢さには首を傾げる。まずは社会の「器」ではないのか。

 と、現代建築には懐疑的なので、有名なセンセイの建築論は読まない。読み始めても、妙な専門用語と恣意的な言い回しの連続につきあいきれず、本を閉じる。

 数少ない例外のひとつが、藤森照信氏の一連の著作である。十数年前に藤森氏の『日本の近代建築』(上・下/岩波新書)に出会い、一般人にもわかる建築史書が出た、と興奮した。藤森氏の師匠が書いた『日本近代建築の歴史』(村松貞次郎著/岩波現代文庫)と併せて読むと、ここ140~150年の日本の建築界の流れがつかめる。

 建築史家からスタートし、自然素材を活かした建築家として「神長官守矢史料館」「赤瀬川原平氏邸(ニラ・ハウス)」「熊本県立農業大学校学生寮」などをつくってきた著者の記述に惹かれるのは「タッチは軽くて中味が重い」からだ。建築を様式で云々する前に「材料」に食い下がるところも好みに合う。

 で、今回は「建築史的モンダイ」である。さまざま雑誌の連載記事に加筆し、書き下ろしを二編加えた新書だ。正直に言うと頭から順番に最後まで読むのは、やや辛い。著者の関心とこちらの興味が重なる部分ばかりではないからだ。

 でも、コラム集なので、そのへんは飛ばして読み進められる。本書を貫く主題は、「人類にとって建築とは何か」との問い。というと、小難しく感じるかもしれないが、内容は具体的で「目からウロコ」が何枚も落ちた。

日本の建築スタイルは時代に従わない

 たとえば「日本の街は、なぜ、こんなにガチャガチャしているのか」という素朴な疑問がある。一応、都市計画で「住宅地」「商業地」「工業地」など土地の使い道が決められて、建物がつくられることになっている。が、しかし木造住宅の背後に超高層マンション、右隣が風俗店、左手に鉄工所みたいな街は珍しくない。

 欧米人は、それを「オモチャ箱をひっくり返したようで面白い」というが、住民間では「景観紛争」など由々しき問題が頻発している。経済原理主義で景観もへったくれもないからだ、と説明するのは簡単だけれど、なんでもありを許す精神風土がなければこうはなるまい。それは何か? と、追っていくとよく分からなくなる。

 本書の「和と洋、建築スタイルの根本的違い」という文章から、ナルホドと示唆を得た。

 著者は、建築史的視点から、明治維新の元勲や大実業家が自邸の敷地に「和風の御殿」と「洋館」を並べた「和洋併置式」を採り上げている。和風の家と洋館が併置するのは、日本人には当たり前に映る。しかし、海外では〈伝統の住まいの脇に洋館を建てて済ますような行いは、これまでの長いフィールドワークのなかでも目撃したことはない〉と著者はいう。

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