今回お話をうかがったのは人工心臓の開発を手掛けていらっしゃる野尻知里さん。人工心臓は血液という「生き物」を扱う難しさがある。単なる流体を送ればよいのではなく、うまくしないと血液が傷ついて、心臓のなかに血小板などの破片が残ってしまうという。その話をうかがうまで、血液が生き物だとは、あまり考えたことがなかった。
野尻さんは人工心臓の開発過程において、幾多の障害を乗り越えてきた。壁が目の前に現れたときに、いったんは泣いてしまうこともあるけれど、それから猛然とファイトが涌いてきて障害物に向かっていくとおっしゃっていた。
なぜ障害に向き合ってもそんなに元気で仕事が続けられるのかといえば、「好きなことをやっている」から。好きなものがあって、それが妨げられた時、あきらめるのではなく、その障害物を乗り越えることにこそ、一番のエネルギーを使う。そのことは非常にロジカルだし、多くの人はそこから逃げてしまうから、結局好きなことができずにエネルギーを失っていく。
野尻さんは、しきりに「自分はラッキーだ」という。客観的に見ると、そんなにラッキーなことばかりに出合っているわけではないかもしれない。そこが非常に面白いと感じた。どんな人にも人生にいろいろな出合いがあり、さまざまな限定の中で生きている。その人生の限定を「ラッキー」と言い切る力というものがある。
そういう人は、本当に“福の神”になる。人生の出来事はどういう見方もできる。ラッキーだと思って、それを生かすことができるし、逆にそうでないこともあったはずなのに、「どうして私はこうなってしまったのか」と不幸だと思って生きることもできる。
どちらも1つの人生なのだが、何かを切り拓く力はあきらかに、自分が受けた制約を「ラッキーだ」と思うことによって生まれる。それが野尻さんの力になっているのだと感じた。
人生の偶然を必然に変える力。まさにセレンディビティだ。「偶然の幸運」とよく言われるのだが、偶然の幸運に出合うとは、客観的に幸運・不運が決まっているのではなく、それを自分で幸運だと思うことなのだ。今回はセレンディビティについての理解が深まった。
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