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6.あなたも御用心なさいませ。

葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』

  • 千野 帽子

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2008年11月12日(水)

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 四角い黒板を丸く拭く使えない日直・チノボーシカです。葉山嘉樹3weeksは今週が最後なので、張り切ってダークにいくぜ! ダークにな!

 葉山作品でホラーといえば、国語の教科書に一時よく載っていた掌篇『セメント樽の中の手紙』(1925)も、広く愛読されてきた。最近では、『ダ・ヴィンチ』2008年2月号の、杉江松恋構成による記事のなかで、貫井徳郎がこの作品の魅力を語っていたのが記憶に新しい。

 日給90銭で1日11時間働きづめのセメント工・松戸与三が、セメント樽のなかから見つけた小箱には、紙片が入っていた。

〈私はNセメント會社の、セメント袋を縫ふ女工です〉。

このように始まる手紙は、恐ろしい哀話を伝えてくる。

 彼女の恋人は26歳で、同じ会社で働いていた。〈破砕器〉に石を投げ入れる重労働をしていて、クラッシャーのなかにはまりこんでしまったという。

〈水の中へ溺れるやうに、石の下へ私の戀人は沈んで行きました〉。

水の中へ溺れるやうに──なにか事故が起こったときの、静かに無音に事態が進行する恐ろしい一瞬の感じがよく出ている。

石と戀人の體は砕け合つて、赤い細〔こまか〕い石になつて、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入つて行きました。そこで鋼鐵の彈丸と一緒になつて、細く細く、はげしい音に呪の聲を叫びながら、砕かれました。さうして焼かれて、立派にセメントになりました。

 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の戀人の一切はセメントになつてしまひました。〔…〕私は戀人を入れる袋を縫つてゐます。〔…〕

 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だつたら、私を可哀相だと思つて、お返事下さい。〔…〕

 私は私の戀人が、劇場の廊下になつたり、大きな邸宅の塀になつたりするのを見るに忍びません。〔…〕

 いゝえ、ようございます、どんな処にでも使つて下さい。私の戀人は、どんな処に埋められても、きつといゝ事をします。〔…〕私の戀人の着てゐた仕事着の裂〔きれ〕を、あなたに上げます。この手紙を包んであるのがさうなのですよ。この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸み込んでゐるのですよ。あの人が、この裂の仕事着で、どんなに硬く私を抱いて呉れたことでせう。

あ、いや、そんな剣呑な布なら、ほしくないです。

*   *   *

 スプラッタホラーとドタバタコメディの両分野を得意とする漫画家・高橋葉介が、短篇漫画『腸詰工場の少女』(1982)を描いたのは、恐らくこの掌篇のパロディだったのだろう。

コメント4件コメント/レビュー

『セメント樽の中の手紙』も『腸詰工場の少女』も読んだことはありませんが、本コラムを拝読して、『腸詰工場の少女』は夢野久作の『人間腸詰』(1936)の影響を受けているのではないかと想像しました。発表年からすると夢野が『セメント樽の中の手紙』をパクった(パロった?)可能性もありますが。(2009/05/02)

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『セメント樽の中の手紙』も『腸詰工場の少女』も読んだことはありませんが、本コラムを拝読して、『腸詰工場の少女』は夢野久作の『人間腸詰』(1936)の影響を受けているのではないかと想像しました。発表年からすると夢野が『セメント樽の中の手紙』をパクった(パロった?)可能性もありますが。(2009/05/02)

そして21世紀になった今、"腸詰工場"物語はさらなる展開を見せる。***狂牛病である。持たざるもの同士の共食いが彼らの脳をスポンジにしてしまい、持たざるものが自らを毒物に変態していくことによって家畜のごとき自らの運命,属する世界から永遠の逃避を決行するのだ。***と、中沢新一さんの作品のフレーズを思わず付け足したくなりました。ニートとか、秋葉原事件とか、プロローグなんですかねえ。蟹工船、読んだこと無いですけど。(2008/12/10)

千野さんの造詣の深さに感服。私は高橋葉介氏のファンなのですが,「セメント樽の中の手紙」の引用「~さうして焼かれて、立派にセメントになりました。」の辺りで,「腸詰工場の少女」はこれのパロディだったのだ,と気付きました。が,口が裂けても(笑)メジャーとは言えない漫画家の作品なので,まさかそのタイトルが本文中に出てくるとは思いませんでした。千野さんはいわゆる「文学者」とは少し違う,一筋縄ではいかない方のようです。これからがちょっと楽しみになりました。(2008/11/16)

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三品 和広 神戸大学教授