『誰も国境を知らない――揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅』西牟田靖著、情報センター出版局、1700円(税抜き)
朝のワイドショーで、震災の被害にあった山古志村の米を使った酒を紹介していた。リポーターは酒造りの場面に立会い、震災からの過程も見聞してきたからだろう、報告の口調にも興奮が伝わり、それだけに、スタジオで利き酒をするコメンテーターたちのクールさと、温度差が浮き立っていた。現場を体感したものと、その場を見ていないものとでは、こんなふうに食いちがうものか。
その数日後、高橋尚子の引退の記者会見で、増田明美が質問していた。たどたどしく思えた高橋尚子の表情が一瞬にして変わった。
記憶が不確かだが、海外でのレースか練習を見たことを踏まえての質問だった。走り方の印象を話したうえで、それと引退が関係するかどうかを訊ねていた。
高橋さんは、しっかり、よどみなく、増田さんがいたであろう方向を見て答えていた。質問者の多くが、引退の理由を性急に問おうとし、彼女も答えつつ理由を整理しようとしていたように思えたなかで、このやりとりの間だけは口調も表情も穏やかに落ち着いていたのが印象に残っている。
さて、話はがらりと変わる。2005年5月のこと。石原都知事が、沖ノ鳥島を視察した。
同行したテレビや新聞の取材陣が先を争い、衛星電話を使って記事を送信しようとするのを横目に、急いで送らねばならないアテのない本書の著者は、こう綴っている。
〈僕も手持ちのドコモムーバーの画面を見てみたが、当然のように圏外と表示されていた〉
瀕死状態の沖ノ鳥島
本書は、「国境の島」を訪ねたルポだ。「北方領土」の島をはじめ、韓国との間で領有が問題となっている竹島、台湾や中国で争っている尖閣列島、いまも渡航が制限されている硫黄島。行こうとすると何処も、地図上の距離以上に、びっくりするほどに遠い。
島の現状がどうなっているものか。まったくといっていいほど、日本の端の島についてワタシは知らないできたことを自覚させられた。
「国境の島」だけあって、はいそうですか、と行ける場所ではない。渡航の方法をあれこれ思案するだけで気持ちが萎えてしまう。というよりも、著者のような奇特な変わり者がいないことには興味すらもたなかっただろう。
たとえば、冒頭にあげた日本最南端に位置する、沖ノ鳥島。石原都知事が視察して「シナ」発言を連発したことで話題となったのを記憶されている人もいるだろうが、そもそも満潮時には消える岩礁、ここを「島」と呼んでいいものか。
海面にわずかに顔をのぞかせている岩上に、殺風景なコンクリートの建築物を築くことで、「島」だと政府は強弁してきた。島でないことには、領海の線引きをめぐって国際的に厄介な問題が生じるからだ。
無人島に定期便の船などあるはずもなく、船をチャーターしようとすると料金が高すぎて、手が出ないとぼやく。そう、著者は組織を頼らず、どこに行くにも自力で取材をしようとする。そこが本書の面白さだ。
行きたいけど、行けない。さて、どうするか。
沖ノ鳥島の場合、ラッキーなことに、石原都知事の視察に同行する取材陣を乗せた船に便乗する機会を得た。
ルポの面白さは、脇道にある。取材陣は東京の竹芝桟橋を出航、小笠原諸島の父島を経るルートで、沖ノ島まで往路50時間余りをかけて先乗りをする。二等船室に乗り合わせた一行は、毛布にくるまり、雑魚寝で時間をつぶすわけだ。
むろん知事は、そんな悠長なことをやっていられる御人ではない。厚木基地から自衛隊の飛行艇で父島まで、3時間のショートカットで、取材陣の乗船する船に合流した。
そこでマスコミ受けする「シナ」発言の連発となるわけだが、一連の流れを、狂騒の輪から離れて眺めていた著者のアングルを通してみると、万事できあがったイベントだったことがわかる。
それはさておき、50時間をかけ、著者がようやく目にしたものはというと、
〈「島」は満潮時でも海面に出ている頭頂部を残しコンクリートでまわりを固められ、その周囲は鉄製波消しブロックでがっちりと保護されている。東小島にいたってはチタンネットで覆われているから、遠目からはどんな倍率の望遠鏡でも「島」を確認することはできない。実効支配のためという、人の都合によって「島」は手を加えられ、自然の状態とはかけ離れた姿になってしまったのだ〉
そこは、いうなれば領土の保全のために、救命室でスパゲッティのようなチューブをつないだかのような瀕死の島だった。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










