「シネマde青春」

「むかしのケンカにはルールってもんがあったんだ」
〜第7回:タフガイ

「まず禁じ手ってのがあった。それが――」

バックナンバー

2008年11月14日(金)

1/8ページ

印刷ページ

 アメリカで最後の列車強盗事件が起きたのは、1955年7月23日のことだ。
 強奪した現ナマは、およそ45万ドル。1ドル360円の時代の45万ドルである。
 襲われた列車は、西海岸をメキシコ国境の手前まで縦断するゴールドコースト急行。

 しかし、アメリカ史上“最後”の列車強盗は失敗に終わっている。2人の強盗犯は国境手前で捕らえられ、彼らには禁固30年の実刑判決がくだされた――、という記事を切り抜いた新聞が壁に貼ってある。

「なぁ、あのときのことなんだが……」
「わかってる、皆まで言うな。そのとおり、俺たちはもう一歩で逃げられた」
「えっと……、この話、前にもしたことあったかな?」
「たぶんな。この30年というもの、毎日聞かされてるよ」

 その日は、アメリカ最後の列車強盗を失敗に終えた2人の仮釈放当日なのである。
 物語はここから始まる。おそらくは裁判期間が加味されているからなのだろうが、事件から31年後の1986年が舞台だ。

 老いた元列車強盗を演じているのが、バート・ランカスターとカーク・ダグラスのお2人。と敬語で接しなければならないほどの大スター。このお2人がどれだけ映画界に貢献し、どれだけ多くのファンを魅了したかは説明するまでもない。慈善事業への尽力も。ですよね。

 長い禁固生活を経て、30年ぶりに“シャバ”に出てきた2人の浦島太郎的コンフュージョンとノイジーな奮闘、そして古き良き時代のアメリカへのノスタルジアをコミカルに描いた作品が、今回ご紹介する「タフガイ」です。参考までに、訳注――、コンフュージョン → 大沢誉志幸のアルバムタイトルもしくは困惑。ノイジー → どたばた。ノスタルジア → タルコフスキー監督の名作もしくは郷愁。

 タイトルだけでその面白さが予想できそうな映画だが、劇中の彼らの演技から、私たちは文字どおり“タフガイ”のセオリーを学ぶのである。男は何故タフでなければならないかという“沽券”の問題だ。知っているかい、沽券という言葉。特にお役人さんや政治家のセンセイ方。

 バート・ランカスター演じるハリー・ドイルは、劇中では72歳。だから、41歳のとき列車強盗を働いたことになる。とても列車強盗をやったとは思えないほど穏やかさを好み、知的で、ムーディーな音楽やダンスや会話に長じ、気骨はあるが計画が完全でないと行動を起こさない周到派。紳士然としていて、ちょっとダンディー。

 対して、カーク・ダグラス演じるアーチー・ロングは67歳。相棒より5歳年下だ。バート・ランカスターが“静”の強盗なら彼は“動”の行動派で、刑務所内でも常にダンベルで身体を鍛え上げ、ひょうきんで、ちょっとお調子者のところがあるやんちゃ坊主風に演じられている。もう一歩で逃げられたのに、と30年間毎日ぼやいていたのは、この老いたやんちゃ坊主のほうだ。ダンディーと言うよりは“鯔背”な感じ。

 熱血タイプと知性派に分けられる2人だが、このコントラストが実に巧妙で、まるでタフガイの定義がそこにあるかのようにも感じさせる。列車強盗をやる前は銀行強盗を生業にしているような“悪党”だからジョーシキは通じないが、互いに悪態をつきあっても決めるべきところでの息はピッタリ。

 出所したその足で銀行で換金するのだけど、そのときの会話。

「銀行か……、以前はよく来たな」
「うん。いつも覆面してたけど」

 面白いのだよ、この2人。銀行では本物の銀行強盗に出くわして、それを難なくノシちゃって、強盗やる柄じゃないとかヤワすぎると嘆いたかと思えば、ミッキーという名のバーを訪れたらオーナーのミッキーは20年も前に死んでいて、どうも店内の雰囲気がむかしと違っているような気がして見渡せば、そこは“ハッテンバ”のようなゲイが集うバーになっていてオ×マさんに誘われる。

 気色悪さに血相を変えて店を飛び出せば、お次は不良少年にも絡まれる。

「何なんだ、この荒れようは。むかしは街の目抜き通りだったのに」

 そこでブレイクダンスに興じる不良たちに道を塞がれ、ここを通りたければ通行料に5ドルを払えと脅されるのだ。路地裏の少年も、30年が経つとボブ・ディランじゃなくてヒップホップを聴くようになるわけだ。古き良き時代も風に吹かれて消え去ったか。悲しいね、Gone with the wind.

「なぁアーチー、どういうことだ。さっきは銀行強盗、今度はこの若造どもだ。30年ぶりにシャバに出られたってのに、どうして会うのはこんなアホウばかりなんだ」
「おまけに何だ、こいつらのイカれた服装。恰好悪いったらありゃしない」

 怯えもせず、ジョークまでかます余裕の2人に激怒した少年たちは、尻のポケットから飛び出しナイフを取り出して2人を威嚇する。

「ちょっと待て。そっちは6人、こっちは2人。多勢に無勢は卑怯だと思わないのか。むかしのケンカにはルールがあったんだ」

 少年たちは嘲笑混じりに訊く。どんなルールがあったんだと。

「そうだな、まず禁じ手ってのがあった。それが――」

 コレだ、と不意をついてカーク・ダグラスが少年の股間を蹴り上げる。

 コレも禁じ手だったな、と言って間髪入れずバート・ランカスターも少年の眉間のあたりに拳をお見舞いする。そして、2人同時に左右から少年の頬めがけての強烈なパンチ。

「あぁ、コレはいいんだった」

 こんな感じで息はピッタリ。

 さて諸君、と振り返ったとき、不良仲間は倒されたリーダー格の少年を見捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っている。逃げ去る後ろ姿を見送りながらタフガイたちは頭を振るのだ。たった30年のあいだに、アメリカには骨のある“男”がいなくなっちまったのかい、とばかりに。

 列車強盗の相棒であり、30年の刑務所生活でも同室だった2人だが、ここで別れが訪れる。2人は向こう3年間の接触を禁じられているのだ。これはどうやらアメリカの法制らしい。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。


関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
この記事を…
内容は…
コメント28 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

シネマde青春

趣味は楽しむから趣味なのだ。映画もまた、楽しんで観るから娯楽なのだ。たくさん観ているからといって偉いわけじゃない。要は、楽しめたかだ。それがいちばん正しい映画の見方だと私は思っている。・・・それでも、映画を観るたびに考えさせられることや勝手に学んだつもりになることは多々あって、何年経っても忘れられない場面もあれば、解釈の仕方ひとつで何気ない台詞に影響を受けたり、その台詞を借りて自分を励ましたり勇気づけたこともある。だから映画は面白いのかもしれない。そうした場面や台詞を拾い上げながら、私なりに感じたことを徒然に、道草を食いながら綴っていこうと思う。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン

日経ビジネスからのご案内