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素敵なベルが鳴った――デービス・ラブ

I had a good wake-up call.(これで、やる気が出た)

  • 舩越 園子

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2008年11月27日(木)

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 米PGAツアーの2008年シーズンがすべて終了した。フェデックスカップシリーズに続く終盤のフォールシリーズは、来季出場権獲得を目指し、賞金ランク125位以内を競い合うシード権争いとなったのだが、その中で最大の注目を集めていたのはデービス・ラブの行く末だった。

 ラブといえば、1997年全米プロを制したメジャーチャンプだ。ツアー通算19勝を挙げ、90年代はフレッド・カプルスと人気を2分するほどのビッグスターだった。が、2000年代に突入したころから、頚椎の故障、腰の故障などが続き、2003年にはラブの会社の経理を担当していた義兄が使い込みの末、自殺。その遺体の第1発見者にラブ本人がなってしまうというゴタゴタもあり、身辺の乱れがその後の成績下降につながっていった。

 2006年に受けた左足首の手術から復帰した2007年は、1996年からずっと保ってきた賞金ランクトップ30を初めて逃し、96位まで後退。そして今年は、ついにシード喪失の危機に見舞われていた。

 今年44歳。同年代の選手の中には、50歳になるまでの数年間を家族とともにのんびり過ごし、50歳の誕生日とともにシニア入りなんて優雅な生活を送る者もいる。ラブがそんな道を選択したとしても、誰も文句は言わないはず。20年以上もの間、トッププレーヤーとしてアメリカのプロゴルフ界を支えてきた功労者なのだし、故郷のシー・アイランドをはじめ全米各地にはラブ自身が設計した素晴らしいゴルフ場が多々あるのだから、もはや彼がツアーから半ば引退しようと面白おかしく暮らそうと、ファンたちは笑顔で「好きなだけ、のんびりしたらいいよ」と言ってあげたに違いない。

 しかし、ラブはそうはしなかった。20代の無名の新人らに交じってフォールシリーズに出場。「オン・ザ・バブル」と呼ばれる来季シード権獲得の境界線上をさまよいながら、必死の形相で戦い続けた。

 そして、最終戦のチルドレンズ・ミラクルネットワーク・クラシックで優勝。賞金ランクを118位から48位へジャンプアップさせ、自力で未来を切り開いた。

 この優勝はラブにとってツアー通算20勝目ゆえ、来季シードのみならず生涯シードも獲得。ツアー生活23年目にして、やっと安泰な立場を手に入れた。

 だが、ラブは「安泰」が欲しくてフォールシリーズに出ていたわけでは決してない。その証拠に、優勝直後の彼はこんな言葉を発した。

I had a good wake-up call.
(これで、やる気が出た)

 ラブの勝利は2006年のクライスラー・クラシック・オブ・グリーンズボロが最後だった。2年ぶりに勝つことができ、しかも生涯シードで未来が安泰となったのだから、普通なら「安心した」「ほっとした」という言葉を口にするはずだ。しかし、ラブはこの勝利で目が覚めたと感じていたのだから、彼のたゆまぬ戦意に脱帽させられる。

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