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字がへたで、すみません~『直筆で読む「人間失格」』
太宰治著(評:朝山実)

集英社新書 ビジュアル版、1400円(税別)

2008年12月3日(水)

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評者の読了時間8時間30分

直筆で読む「人間失格」

直筆で読む「人間失格」』 太宰治著、集英社新書 ビジュアル版、1400円(税別)

〈「金の切れめが縁の切れめ、つてのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金が無くなると女にふられるっていう意味、ぢやあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのづから意気消沈して、ダメになり、笑ふ声にも力が無く、さうして、妙にひがんだりなんかしてね、つひには破れかぶれになり、男のはうから女を振る、半狂乱になって振って振って振りぬくという意味なんだね〉

 主人公の「自分」は、おどけてそんなふうなことを言っては、近寄ってくる女を笑わせたという。太宰治の『人間失格』の一節である。うまいこと言うなぁと思った。

 いまや六本木や銀座は客足が遠のき、ホステスさんもリストラされ、男にしても振るどころか、明日の我が身さえ知れぬ。早い話、オンナどころじゃないというものだ。

 とか、ぶつくさ思いながら、いきつけの喫茶店で、顎を右の手のひらにのせてみた。あれ、右ではなく、左だっけ。

 机に置いた本の表紙には、作家であるよりも、いっそ銀行員でもしていたほうが似合っていそうな男のポートレイト。どちらの手で頬杖をついてるのか気になって、右と左を入れ替えてみる。

 ふと、まわりを見渡した。

 そんなことをひとりでしている自分が恥かしくなり、何事もなかったかのように、また本をめくり始める。めくりながら、手を頬にあてかけ、下ろしてしまう。

 本書は、あの太宰の『人間失格』の生原稿をカラー写真で復刻したものだ。

 一部のマニアにしか用をなさないシロモノに、「へぇー、文豪にしては字へただったんだ」「でも、そのぶん読みやすい」「だけど、書き込みだらけね。きったない」。だれ彼かまわず見せるたび、ギャラリーからの勝手な感想。ちょっとした時間つぶしのネタにもなる、鑑賞本だ。

 小説なんだけど、これはやっぱり「鑑賞」が適切だと思う。なぜなら、「こんなところにこだわってつくるのか」と陶芸職人の手つきを、じっと覗き込むような、実演見学気分が堪能できるからだ。

没後60年、巷にあふれる「人間失格」

 当然だが、そのぶん文庫版よりも何倍も読む時間がかかる。それだけで反時代的な試みでもある。

 しかも、網掛けで抹消されていたり、ちょこまかと書き足し挿入されたりの「使用前/使用後」のちがいに気をとられはじめると、肝心のストーリーが上の空。行間を読むどころではない。

 今年は、没後60年。生きていれば来年、太宰は100歳だ。巷には人気マンガ家がカバーイラストを手掛けた文庫版をはじめ、『人間失格(まんがで読破)』(主人公の目に映る家族も友人も顔がノッペラボウに描かれているのは斬新だが、あまりに原作に縛られすぎて、カラオケ名人の歌を聴くみたいで話にどっぶりと浸かりかねる)、『ケータイ名作文学 人間失格』(若い読者に絞ったヨコガキ。ある意味、直筆の対極にある)まで、いろんなバージョンが出回っているのを見ると、さびしく物憂い時代なのかと思ってしまう。

 おさらいをしておくと『人間失格』は、友人を得ることのできない男の物語である。主人公の葉蔵にとって、「自分」以外の誰もが理解しがたい「こわい」存在であり、人前では自分を偽り「道化」のように取りつくろってきた。

 自我ばかり肥大するいっぽうで、ひとに「いや」と言えず、周囲にあわせることしかできないジレンマから、やがて酒や薬に溺れてしまう男の心のなかを綴った小説だが、60年前に書かれたものなのに、いま読むと、コミニケーション下手を気取った葉蔵というのはごく身近な存在に思えてくる。

 ひとがわからないと言いながら、そのくせ女たちにちやほやされる「ハンサム村出身」の主人公のモテぶりは、「ぶさいく村出身の私」には合点がいかない。と軽口をはさみながら、『人間失格』について一文を書いているのは、鴻上尚史だ(『人生に希望をくれる12の物語』所収)。

 鴻上氏は、葉蔵の葛藤について「屈折した、現代的な自意識の病」だと語っている。

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