「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

「アラフォー」に五寸釘を打つべき理由

「アラフォー(アラウンド40)」(用途:特定層へのえん曲な追従。類語=熟年)

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2008年12月8日(月)

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 《例年、新語・流行語大賞に選ばれる言葉は、「新鮮さ」や「普及度」よりも、「旬の短さ」でその一年を象徴することになっている》……というこの書き出しは、ちょうど一年前の今頃、とあるウェブマガジンのために書いた原稿をそのまま丸写しにしたものだ。

 わかっている。丸写しは禁じ手だ。よしんばコピー元が自製のテキストなのだとしてもだ。

 どうしても再利用せざるを得ない場合は、アングルや焦点距離を変えて、別の作品として再構成しないといけない。それが、昨夜の残飯を朝食の膳に供する主婦のせめてもの心遣いであり、また原稿執筆者の良心というヤツでもある。結果としてテーブルに並ぶのが、カタくなったピザであるのとしても、だ。そう。せめて「チン」ぐらいはしとこうぜ、と。

 にもかかわらず、私が、あえて禁を犯してモロなコピペを持ち出してきたのは、新語・流行語大賞をめぐるメディアの状況が、この10年ほど、まるで変わっておらず、そのことに対する私自身の感慨もまた、この10年間、寸毫たりとも変化していないからだ。

 こんなものをネタに、一から新しく原稿を書き起こす気持ちになれるだろうか。いや、なれない。ええ、反語です。誰が大真面目に論評なんかできるものですか。

 とは申すものの、「アラフォー」については、一言、釘を刺しておきたい。できれば五寸釘を……というわけで、迷ったあげくに、二度ネタを持ち出してきた次第だ。

 乗りかかったタイタニックで、冒頭に続く部分も引用しておく。

《 今年も同じだ。
「どげんかせんといかん」と「ハニカミ王子」、いずれも「来年の今頃には、こんな言葉恥ずかしくて使えないだろうな」と思わせる、うたかた感横溢の言葉が選出されている。ある意味、見事な見識なのかもしれない。
 歴代の受賞者の顔ぶれを眺めてみても、代理店臭あふれる、あざとくもものほしげで楽屋くさい面々が並んでいる。ウィキペディアを見ると、たっぷり30秒は笑える。死屍累々。恥辱の連鎖。》(以上、2007年12月17日付けの原稿より)

 で、今年、新たに、ここに「アラフォー」と「グー」が加わったわけだ。

 こんなものを相手に、新しいテキストを案出する必要を私は認めない。
 だって「グー」あたりは、受賞三日目にして既に腐乱の呈なんだから。というよりも、個人的な感想を述べるなら、エドはるみは、はじめて画面に登場したその瞬間から昭和蜘蛛の巣キャラだった。受賞の報を聞いて、食傷感を抱いたのは私だけではあるまい。朝の海岸で使用済みのゴム製品を発見してしまった時みたいな気まずさ。ドッキンぐー。ああ言ってしまった。ショッキンぐー。さむい。たすけてくれ。

 アラフォーも、どうせ同じ道を歩むことになる。

 三日目の靴下、あるいは事後のベッドカバーみたいな、できれば振り返りたくない過去に属する何かとして、この先ずっと人々の記憶を汚染するのだ。アラスカ・フォーティーズ。凍てつく40代。その孤立と酷寒の置きみやげとして。

 いや、「アラフォー」が特にデキの悪い言葉だったというのではない。
 むしろ、最近の受賞語の中では、真っ当な方かもしれない。少なくとも「ハニカミ王子」なんかよりは、言葉としての練度はずっと高い。批評性も完成度も。

 問題は、用語の出来不出来にはない。
 問題は、このテの屁のつっぱりにもならない(←これは候補になったのか?)言葉をめぐって賞が行ったり来たりしている業界の腐敗構造それ自体のうちにある。いったい、こんな賞で誰が得をするというのだ?

 いずれにしても、これから先、年末に向けて、「メガネ・ベストドレッサー」だとか、「ベスト・ファーザー」だとか、あるいは「ネイル・クイーン」だとか「ベスト・ジーニスト」(←猛烈に恥ずかしい和製英語だよね)だとか「ベストカップル」だとかといった、世にもチープな賞イベントが目白押しで開催されることになっている。で、われわれは、それらの受賞者についての、やれ五連覇がどうしたとか殿堂入りが蜂の頭であるとかいった愚にもつかない情報を、耳タコで聞かされ続けるのだ。毎年毎年。判で押したように。あゆが20冠達成だとか、くーちゃんが16冠目だとかいった予定稿執筆済みのお話を。あのアラスカ・フォーティ(←しつこい?)軽部の手慣れた業界癒着トークを通して、だ。

 一見、「賞」イベントは、誰も損をしない、「Win-Win」(←ところで、この言葉が新語流行語大賞の候補にさえ挙がっていなかったのは、どうしてなのだろう? 日本中のハラにイチモツある人たちが使っていたと思うんだが)の企画であるように見える。

1. プレゼンターはウハウハ:ま、業界団体としては、賞と副賞の経費で、報道枠のテレビ放映時間を全局横断的に買えるわけだからね。宣伝費と思えば格安です。

2. 受賞者はニコニコ:受賞あいさつだけで副賞と見出しをゲット。大笑い。

3. メディアもホクホク:待ちぼうけリスクゼロ、取材費ゼロの現場で有名人の写真とコメント付きの記事が自動作成できる。しかも記事は去年の分のコピペ改変でオッケー。

4. 代理店はヌクヌク:各方面からコミッション取り放題。

 ……と、要するに、賞イベントは、第一に賞を配布する業界団体の広報活動であり、第二に賞を受け取るタレントのプロモーションであり、第三に廃業寸前の芸能レポーター、およびネタ切れのスポーツ新聞芸能面、ならびにだらしなく枠を広げすぎて放映枠がスカスカになっている夕方の報道番組のための失業救済企画であり、第四に芸能面の話題にかこつけて顔を売っておきたい電波政治家のための晴れ舞台だ、と、そういうことなわけだ。

 で、実際に額面通りに、全員が勝者なのだろうか?
 違うな。
 彼らが儲けた分だけ損は発生している。そして、すべての損は、こういうニュースをニュース枠で(この数年はNHKまでもがヌケヌケと伝えるようになっている)見せられているオレら視聴者が、カブっている。ここのところを忘れてはならない。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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