今回お話をうかがったのは、へら絞り職人の松井三都男さん。へら絞りとは、回転する金属板にへらを当てて、金属を延ばしながら加工する技術だ。スタジオで私も体験させていただいたのだが、うまくいっている時はモチのように金属がすっと延びていくが、ちょっと下手をするとがたがたと暴れ始める。不思議な身体感覚を経験した。
松井さんは、へら絞り職人になって日が浅いころ、機械に巻き込まれて手に大きな怪我をしてしまう。退院後職場に戻った松井さんを周りの職人は、まったくそれまでと変わらない態度で迎えた。普通、怪我をしたりすると「無理をしないでいい」などと言うものだが、そこはまったく違った。
今回、「職人」というものが持っている普遍的な価値について考えた。怪我をしてハンディキャップを負ったことで、松井さんがユニークな方法を編み出したというところに興味があった。欠落がユニークさにつながるというポイントだ。
しかし、松井さんのお話を伺っていてそれは違うと思い至った。職人の世界は、言わば究極の「結果責任」の世界である。怪我をしていようがハンディキャップがあろうが関係なく、出来たモノが「売れるもの」であり、お金を持ってくるものでなければ意味がないのだ。「前向きに頑張ろう」といった精神論が入り込む余地がない世界である。
結果として、そういう世界で仕事を続けるために松井さんがユニークな手法を身に付けたとしても、そこに本質があるのではない。職人は、どのような状況にあろうと、結果が求められるという厳しさの中にこそ本質があるのだと気がついた。
これはプロスポーツの世界と同じだ。例えばプロ野球の選手は、こいつはいま怪我をしているから打率は低いけれど、前向きにやっているから甘く見てやろうといったことはない。結果を残さなければ退場するしかなく、そうした世界であがくことで、本人が独自の打法を身につけたとしても、そこに本質があるのではなく、結果を出さないとどうしようもないところに本質がある。これは非常に大事なポイントだと思った。
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