「茂木健一郎の「超一流の仕事脳」」

究極の「結果責任」それが職人の世界

〜 へら絞り職人・松井三都男 〜

バックナンバー

2009年1月6日(火)

1/2ページ

印刷ページ

 今回お話をうかがったのは、へら絞り職人の松井三都男さん。へら絞りとは、回転する金属板にへらを当てて、金属を延ばしながら加工する技術だ。スタジオで私も体験させていただいたのだが、うまくいっている時はモチのように金属がすっと延びていくが、ちょっと下手をするとがたがたと暴れ始める。不思議な身体感覚を経験した。

 松井さんは、へら絞り職人になって日が浅いころ、機械に巻き込まれて手に大きな怪我をしてしまう。退院後職場に戻った松井さんを周りの職人は、まったくそれまでと変わらない態度で迎えた。普通、怪我をしたりすると「無理をしないでいい」などと言うものだが、そこはまったく違った。

 今回、「職人」というものが持っている普遍的な価値について考えた。怪我をしてハンディキャップを負ったことで、松井さんがユニークな方法を編み出したというところに興味があった。欠落がユニークさにつながるというポイントだ。

 しかし、松井さんのお話を伺っていてそれは違うと思い至った。職人の世界は、言わば究極の「結果責任」の世界である。怪我をしていようがハンディキャップがあろうが関係なく、出来たモノが「売れるもの」であり、お金を持ってくるものでなければ意味がないのだ。「前向きに頑張ろう」といった精神論が入り込む余地がない世界である。

 結果として、そういう世界で仕事を続けるために松井さんがユニークな手法を身に付けたとしても、そこに本質があるのではない。職人は、どのような状況にあろうと、結果が求められるという厳しさの中にこそ本質があるのだと気がついた。

 これはプロスポーツの世界と同じだ。例えばプロ野球の選手は、こいつはいま怪我をしているから打率は低いけれど、前向きにやっているから甘く見てやろうといったことはない。結果を残さなければ退場するしかなく、そうした世界であがくことで、本人が独自の打法を身につけたとしても、そこに本質があるのではなく、結果を出さないとどうしようもないところに本質がある。これは非常に大事なポイントだと思った。

次ページ >>

腕一本、それが男の生きる道
NHKの番組サイトへ
NHK総合テレビ
1月6日(火)
午後10:00〜10:45
再放送
 総合 毎翌週火曜 午前1:00〜1:44
     (月曜深夜)
 BS2 毎翌週水曜 午後5:15〜5:59
 東京大田区の町工場に、ロケットや航空機など、世界の先端産業を陰で支える一人の匠がいる。松井三都男(61)。松井が得意とするのは「へら絞り」と呼ばれる技。さまざまな金属の板を「ヘラ」と呼ばれる棒で型に押しつけて成型する。誤差は100分の5ミリ以内という超人的な精度を誇る。

 松井は「金属は生き物だ」という。種類によって硬さや伸び方が全く違うからだ。ヘラを押し当てたときの表面の変化や、音の響きから、松井は金属の反応を読む。そして、力加減やスピードを微妙にコントロールし、精巧な製品に仕上げていく。それはまさに「金属との対話」だ。

 新たな仕事に向きあうとき、松井は自らに言い聞かせる。「この仕事から逃げない」。気持で負けた瞬間から、金属は言うことを聞いてくれないからだ。どんなに難しい仕事でも引受け、必ず解決策を見つけ出す。その信用が次の仕事につながると信じる。

 2008年秋、松井のもとに難しい金属を扱う仕事が舞い込んできた。しかも、思わぬ事情で、急な納期短縮を求められた。松井は精度の高い製品を、より早く納品するため、ひとつの賭に出る。金属をねじ伏せることは出来るか。町工場を腕一本で支える職人魂に迫る。


ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。


関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
この記事を…
内容は…
コメント0件受付中
トラックバック
著者プロフィール

茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)

茂木 健一郎

1962年、東京都生まれ。東京大学大学院卒業。「クオリア(感覚質)」を手がかりに、脳と心の謎に挑む新進気鋭の脳科学者。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。



このコラムについて

茂木健一郎の「超一流の仕事脳」

毎回、1つの分野で超一流の仕事をしている人物を追うNHKのテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」。キャスターを務める脳科学者の茂木健一郎氏が、番組を通じてその人物から受けた刺激をさらに深く考察して語るコラム。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン