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「和綿」の存続、織物の復活を目指して

「鴨川和棉農園」(千葉・鴨川市)に集う人々(1)

  • 若井 浩子

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2009年1月23日(金)

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 11月下旬、澄んだ空の高さが冬の到来を感じさせる週末の昼下がり、千葉県安房鴨川駅の待合い所に年齢、性別もバラバラな十数人が集まった。

 再会の挨拶を交わす人、ひとりで所在なげにしている人、自己紹介をしている人などなど。皆、ここ鴨川で日本在来種の綿「和綿」と無農薬野菜を栽培しつつ養鶏業を営む田畑健(たはた・たけし)さんの「鴨川和棉農園」のワークショップに参加する人たちだ。

 ワークショップは通年で開催され、時季を選んで参加することで、春の綿の種まきから秋冬の収穫、糸紡ぎ、機織りまでを体験できる。

 1泊2日のプログラムの初日は畑での実習があり、その後、糸紡ぎまでの綿の扱いや道具の使い方を学び、2日目は機織りに挑戦する。

「和綿」とは何か?

 ところで、そもそもこの農園で栽培している「和綿」とは何かと言うと──。

紫蘇綿について説明する田畑さん。農園では大島綿、茶綿などを合わせて1000平方メートルで栽培している。

紫蘇綿について説明する田畑さん。農園では大島綿、茶綿などを合わせて1000平方メートルで栽培している。

 和綿とは、江戸時代初期から栽培が定着し昭和20年代までは全国に約200種もあった日本在来の綿で、綿花の繊維の短く太い短繊維種綿を指す(*1)。和綿から紡いだ糸や布には独特の弾力と厚みがあり、湿潤な日本の気候に適って、夏は湿気を吸い、冬は空気を含んで温かい。

 しかし明治維新後、政府が繊細均質な綿糸、綿布となる米国産原綿や低価格な中国産原綿を用いる綿産業の工業化を選択して以来、国内の綿栽培は衰退し、昭和の戦後以降、ほとんど見られなくなった(*2)。

 鴨川和棉農園では、現存する37種の和綿のうち数種を栽培している。駅の待ち合わせ場所に主催者の田畑さんが現れると、参加者の点呼、簡単な挨拶。そして数人ずつ車に分乗して駅から25分ほどの山の中腹にある農園に向かう。

(*1)綿の種が最初に日本に入ったのは799年。インドからの漂流者が持ち込んだと言われる。その後、中国やポルトガルからの種が持ち込まれたが、日本各地で栽培され、綿糸、綿織物が文化として定着したのは16世紀末。江戸時代には北海道を除く全国に生活に密着した工芸デザインを興した。また、大型帆布が織られるようになったことで大型帆船が誕生し、流通に大変革をもたらした。

(*2)明治政府は長繊維種の綿の国内生産を試み、米国から取り寄せた種で静岡や大阪などの農地で実験を繰り返したが気候不適合や虫害などで失敗した。

土地に根ざした健全な生産消費を目指して

 現在、ワークショップを通じて多くの人に和綿を紹介している田畑さんだが、実は最初から農業家、養鶏家だったわけではない。

 社会事業大学を卒業し、東京で会社勤めをしていた田畑さんが会社を辞めて鴨川に移住したのは30歳代半ばの1984年。日経平均株価が初めて1万円台を突破し、張りぼての豊かさに日本中が浮かれ始めた頃だった。

コメント1件コメント/レビュー

この記事で紹介されている綿花の栽培がサラリーマン並に儲かれば、人がたくさん流入するでしょうね。少なくとも、非正社員の人たちよりも高い給与(年収300~400万円)になれば、活発化しそうな予感がします。(2009/01/23)

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この記事で紹介されている綿花の栽培がサラリーマン並に儲かれば、人がたくさん流入するでしょうね。少なくとも、非正社員の人たちよりも高い給与(年収300~400万円)になれば、活発化しそうな予感がします。(2009/01/23)

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