「シネマde青春」

「あの子は最期に何と言ったのかしら」
〜第17回:プライベート・ベンジャミン

「アイムカミング」

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2009年1月23日(金)

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 ジュディ・ベンジャミン8歳のときの願い。

「稼ぎのある男と結婚し、豪邸に住む。ただしメイド付き。きれいな洋服を着て暮らす」
 いま、その夢が叶うときがきた――、物語は、このフレーズで始まる。

 盛大な結婚式と披露宴のパーティーが終わり、新婦のジュディはハネムーンスイートのバスルームで歯を磨いている。使っているのは電動歯ブラシだ。

 新郎の名はエール。お金持ちなだけでなく“やり手”だ。披露宴のときにも、そしていまも電話で仕事の指示を出している。ちょっとハードワーク。新婚旅行の行き先は後ろではない。じゃ前か。

 美しい花嫁を娶った新郎は、歯磨きを終えたジュディに欲情してしまう。ダメよこんなところで、ベッドで……、と宥めるジュディの言葉も聞かずにバスルームに押し倒す。新婚初夜なのである。

 だが、新郎はちょっと張り切りすぎた。そのまま彼はジュディの“上”で死んでしまうのである。彼女の“2度目”の結婚生活は6時間で終わった。

 エールの死を弔うのは、ほんの24時間前、朗らかに2人の結婚を認めた神父だ。参列者も同じ顔ぶれ。

 昨日は純白のウェディングドレス、そしていまは黒い喪服を着たジュディは寝室のベッドで悲嘆に暮れている。そこは新婚生活を過ごすつもりで購入した新しい家だった。窓際には、まだ包みを解いていない贈り物が山のように積み上げられている。

 親族や友人が励ましに来るが、ジュディは放心したままだ。両脇から抱きかかえるように親戚に付き添われたエールの母親もやってくる。

「ジュディ、ひとつだけ教えて。もし覚えていたらでいいけど……、あの子は最期に何と言ったのかしら」

 呆然としながらもジュディが応える。

「アイムカミング」

 ぎょっとしたように母親は顔をあげるが、字幕でもエールの最後の言葉は“アイムカミング”だ。訳せないわけではないだろうが、こう表記する以外になかったのかもしれない。でも、わかる人はここで大爆笑。何しろそれが最期の言葉なのだから。これはつらい。
 コメディなのである。

 ゴールディ・ホーン主演の「プライベート・ベンジャミン」である。制作は1980年。

 彼女は80年代を代表するコメディ女優で、キュートな女性がコメディを演じるとこんなにも面白いということを教えてくれた貴重な女性だった。だから大好きな女優の1人。いま、彼女のポジションにいるのがキャメロン・ディアスではないかと勝手に思っているが、三枚目を演じられるキュートな女性はとてもいい。なぁ、K……、って、いかんいかん。戯れ言じゃなかった。

 一夜にして未亡人となったジュディは箱入り娘だ。蝶よ花よと愛でられて育ち、28歳になるが何もできない。北風の冷たさを知らない温室育ちのお嬢さまなのである。どうする、また秘書にでもするか、と両親が交わす嘆きを聞いて家を抜け出すのである。

 ベッドの上で、ジュディは泣きながら訴えている。ラジオの“人生相談”である。ジュディの相談に視聴者が答えるという“番組”だ。時代は80年代。日本では壊れかけたが、アメリカでは“Radio what's new? Radio, someone still loves you”なのだ。

「ぼくはジムだ。きみの不幸には同情するよ。でもこれからは必ず運も上を向く。それにはいい友人を選んで、もっと自分に自信を持つことだ」

 うぇ〜ん、とティッシュで涙を拭きながら、ジムの言葉に大きく頷くジュディ。とても素直なのだ。人を疑うということを知らない。

「よければ、ぼくが新しい人生に案内しよう」

 翌日、ジムが指定した待合場所に現れたジュディは、ジムに誘われるまま合衆国陸軍募兵局を訪れる。彼は、入隊者の勧誘を専門にする軍人なのである。上京して間もない頃、渋谷あたりをボケーっと歩いているといきなり背後から肩を叩かれ、きみ、いい身体してるね、何かスポーツやってたの、自衛隊に入る気はない、と誘われたのと同じだ。

 ジムが手渡したパンフレットには、地中海のような海が写されている。まるでリゾートクラブの会報誌のようなつくりだ。

「きれいなところね」
「あぁ、素晴らしいところだ。それはカリフォルニアの基地なんだ」

 ジムの口調はとても軍人とは思えないくらい穏やかだ。

「丘には立派なマンションが何棟も」
「いいだろう、兵士にはすべて個室が与えられるんだ」
「でも、わたしは軍人には向いてないわ」
「80年代の軍隊はむかしとは違う。いまでは女性隊員だけで8万9000人もいるんだ。仕事もさまざまでね、数え上げれば300種類もある……、ところで、きみの収入はどのくらい?」
「いまはないわ。ゼロよ」

 涙ぐむジュディ。これからのことが不安で不安でたまらないのだ。

「どうしたらいいのかしら。両親だって心配してるし、買ったばかりの家も……、贈り物だって返さなきゃならないわ」
「ゆっくり考えて決めていいんだ。ちなみに軍の給料は手取りで458ドル。最初は訓練だけで、食事も、ベッドも、医療費も軍が持つ。有給休暇は年に30日。きみのような教養のある女性は間違いなくヨーロッパ勤務になると思うがね」
「ヨーロッパ……、ここから抜け出したいわ。でも、嫌になったらどうすればいいの」
「辞めればいい。軍とは言っても会社と同じさ」

 で、ジュディは入隊してしまうのである。人を疑うということを知らないのである。

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著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

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趣味は楽しむから趣味なのだ。映画もまた、楽しんで観るから娯楽なのだ。たくさん観ているからといって偉いわけじゃない。要は、楽しめたかだ。それがいちばん正しい映画の見方だと私は思っている。・・・それでも、映画を観るたびに考えさせられることや勝手に学んだつもりになることは多々あって、何年経っても忘れられない場面もあれば、解釈の仕方ひとつで何気ない台詞に影響を受けたり、その台詞を借りて自分を励ましたり勇気づけたこともある。だから映画は面白いのかもしれない。そうした場面や台詞を拾い上げながら、私なりに感じたことを徒然に、道草を食いながら綴っていこうと思う。

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