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16. ブランド服の社員はホームレスを殺したか?

伊井直行『さして重要でない一日』ふたたび

  • 千野 帽子

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2009年2月4日(水)

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さして重要でない一日

さして重要でない一日』伊井直行(著)、講談社文庫

競売ナンバー49の叫び

競売ナンバー49の叫び』トマス ピンチョン(著)、志村正雄(訳)、筑摩書房、2835円(税込)

 日直のチノボーシカです。前回に引き続いて伊井直行の『さして重要でない一日』(1989)について書きたい。この小説は、会社で働くということについてかなりいろんな角度から光を当てているのだ。

 前回は、ある冬の日、佐藤が会議資料を求めて、迷宮と化した自社ビルを彷徨し、盥回しされるという、ストーリーのメイン部分を紹介した。アメリカ合衆国全土の空間・200年の歴史を舞台とするトマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』が、会社のビルの敷地内の空間・数年の歴史に圧縮されてしまったようなストーリーだった。

 今日は、前回割愛したサブストーリー、同期の村山の回想談を紹介する。

*   *   *

 すでに紹介したとおり、午後4時の会議が始まる直前に、佐藤が地下室の廊下に放り出されて、帰り道がわからなくなってしまうところで、小説は終わっている。

 しかしどうやら、佐藤は無事会社を出たようである。

 というのも、まだ会議資料の原本を探しているとき、〈美しく頭のいい〔…〕その上に親切で面倒見がいい〉キャリア組の先輩・前田さんと宣伝部で話をしたあと、佐藤が社員食堂に行くと、同期の村山がいて、〈是非とも聞いといてもらいたいことがある〉から、今晩のもうと誘われたのだが、その村山と待ち合わせて会食する場面が、小説の中盤に挟まれているのだ。

 つまり、小説は佐藤が迷子になるところで終わるが、そのあとのことが、時間の順番を入れかえて、ページで言うとちょうど中盤のところに置かれている、と解釈できるのである。

 村山とは社員食堂で、〈五時過ぎにでも、こちらから連絡する〉〈頼む。いなかったらアウトということで〉という約束を交わしている。

 佐藤は〈少し遅れて〉天麩羅屋で村山に合流した。無事会食できたのだから、五時過ぎに村山が連絡したとき、佐藤はデスクについていたのだろう(作中年代から言って当然だが、電子メールも携帯電話も出てこない)。会議がどうなったか不明だが。

 村山はもうすぐ会社を辞める。妻の実家の漬物屋の専務になることが決まっているのだ。

 村山が佐藤に〈是非とも聞いといてもらいたいこと〉、とはなにか。その日がある人物の命日である(かもしれない)ということと、そしてその人物を自分が殺した(かもしれない)ということである。

*   *   *

 ──2年前のきょうは、同期の飲み会だった。

 村山はすっかり酔っ払って、夜更けの地下鉄駅の便所で、入口に転がっていたなにかにつまずいて、床に倒れこんでしまった。

手に冷たい湿った感触があった。俺は、自分がブルックス・ブラザーズのスーツとアクアスキュータムのコートを着たまま、トイレのタイルの床を薄く覆っている何とも知れない液体の上に倒れ込んでいることに気づいた。

 なににつまずいたのか。長髪のホームレスである。ホームレスは目を覚まし、ふらふらとトイレを出て行った。

 小用を済ませたあと、村山はショックを受ける。つまずいたはずみで怪我をし、スーツのパンツの膝に血が滲んでいたのだ。

 村山はくわえ煙草で便所を出た。駅の構内、シャッターの下に、段ボールの囲いがあった。なかでは長髪の男がすやすや眠っている。

 その安らかな眠りっぷりを見てむかっ腹を立てた村山は、短くなった煙草を指で跳ね飛ばす。火のついた煙草は段ボールのそばに落ちた。

 一週間ほどたって、村山はいくつかの新聞に、路上生活者が駅で焼死したという記事を見た。捜査当局は、路上生活者が暖を取ろうとして事故死した、と片づけたがっている。いっぽうマスコミは、若者のホームレス狩りを疑っていた。

 ぞっとした。場所もあの駅なら、日付もあの晩ではないか。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長