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人事院・谷総裁はカッコいい

「渡り」(意味:官僚制度にまつわるさまざまなギャップを越えるための装置)

2009年2月9日(月)

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イラスト

「ミスター渡り」
 渡哲也のことではない。

 新手のミスター名称だ。情報番組のデスクは、人名のアタマに「ミスター」を付加したカタチの放送原稿を好む。ミスター年金、ミスター行革、ミスター円……「人間の顔が見える報道」とか、そういうお話なのであろう。

 彼らは、顔の無い情報はニュースにならないと考えている。だからニュースソースの顔がはっきりしない場合、キャスターの顔芸でニュースにイロをつけにかかる。

 ミスター渡りは、谷公士(まさひと)人事院総裁に冠せられた異名だ。誰が言い出したのかは知らない。マスメディアの中で使われはじめたのは、つい最近のことだ。おそらく今年にはいってからだと思う。この数日で、すっかり定着した。

 今回は、「渡り」および「天下り」について考えてみたい。

 どうして、谷総裁が「ミスター」と呼ばれているのかを考える前に、まず「渡り」について説明しなければならない。

 「渡り」は、「退職した官僚が、短期間のうちに再就職を繰り返し、退職金を何度も受け取ること」を意味している。

 民主党の細野豪志議員が2月3日の衆院予算委員会で明らかにしたところによれば、ある元水産庁長官の農水省OBは、退職後、6団体への天下りと「渡り」で、計2億6900万円以上の退職金や報酬を得ていたという。

 すごい。
 まだある。

 民放の番組(「サタズバ」@TBS)で自分の経歴を告白した元公務員の場合、56歳で厚生事務次官を退職して以降の約15年間の間に、報酬・退職金を合わせて3億5000万円ほどの報酬を得たという。

 なるほど。

 在任中、関係機関に対しておこなった便宜供与を、退職後にポスト(および退職金)として受け取っているというふうに考えれば、渡りは時間差を置いた贈収賄と見なすことも可能だ。

 というよりも、ナマの現金を行ったり来たりさせているのは、ポストや人事を動かすことのできない、レベルの低い人たちなのであって、筋目の役人はそんな下品なことはしないのでありましょう。

 「渡り」の様相は、お年玉目当てに年始回りをする小学生の姿に似ていなくもない。いや、むしろ、ナワバリ内の店を回ってみかじめ料を徴収するヤクザだろうか。いずれにしても、うらやましい話だ。

 巷では、この官僚の「渡り」を官庁があっせんしている点が問題視されていて、先日来、「官庁による渡りのあっせん」を廃止(あるいは、法令によって禁止)するのかどうかについて、総理と野党議員の間で白熱したやりとりがあった。

 そんな中、谷総裁率いるところの人事院は、公務員制度改革によって、その権益を大幅に取り上げられる(新設される「内閣人事・行政管理局」に、権限を委譲する)ことになっており、この流れに抵抗すべく、谷総裁自ら、「朝ズバッ!」に生出演するなど、メディア工作に乗り出している。

 また、谷総裁は、平成13年に郵政事務次官を退任した後、複数の財団法人などを渡り歩いてきた経歴を持っている人物であったりもする。

 つまり、「ミスター渡り」という名称には、谷総裁本人が、「渡り」を繰り返して現在の地位に就いた人物であることと、「渡り」を防衛する立場で、行革に抵抗している組織の長だという二重の意味が込められているわけだ。

 ただ、「渡り」は、ニュースの用語としては、ちょっとスジがよくない。
 というのも、「渡り」には、「わたり」というまぎらわしい同音異義語があるからだ。
 よく似た顔の異母兄弟。あるいは同姓同名のクラスメートみたいな。

 ウィキペディアで、「わたり」を検索すると、以下の解説を含んだページにたどり着く。

わたりとは、公務員に、実際の職務の内容の当てはまる給与表の級よりも上位の級の給与を支給すること。例えば、主任である職員に、係長並の給与が支給されるといった具合である。昇任せずとも長年勤続すれば上位の級に昇給できる仕組みである。特に東京都・特別区ではこの仕組みを「級格付制度」と称している。――後略――

 ちなみに「渡り」については、まだ項目ができていない(2008年2月8日現在)。

 広辞苑には、両方(「わたり」「渡り」)とも載っていない。広辞苑で「わたり」を引くと、鳥の「渡り」についての解説を読むことができる。勉強にはなるが参考にはならない。

 つまり、「渡り」は、ウィキペディアにさえ取り上げられないほど新しい言葉なのである。

 マスメディアの中でも、「わたり」という音の言葉が、主に「渡り」(つまり、官僚によるつまみ食い就職)を意味するようになったのはごく最近のことだ。

 「わたりのあっせん」という言葉をテレビのニュースで聞いた時に、私が最初に感じた違和感も、ここに由来している。

 ん? 「わたり」って、公務員の給与の話じゃなかったっけ。とすると、それの「あっせん」というのはどういうことだ? と、そう思って、私は混乱したのだ。

 「わたり」と「渡り」は、いずれも公務員の権益にかかわる言葉で、発音も同じなら、使われる場所も似ている。にもかかわらず内容はまるで違っていることになる。

 非常にまぎらわしい。「おざなり」と「なおざり」、「汚職事件」と「お食事券」みたいな、タチの悪い組み合わせだと思う。

 さて、谷総裁だ。

「あんな不遜な官僚は見たことがない」

 と、甘利明行政改革担当相は言ったのだそうだが、確かに、谷氏は、およそ官僚らしくないアングルでレンズを見返している。なんという堂々としたマナー。「公士」という名前も凄い。武士は食わねど公的年金。オレが制度だ、という感じ。

コメント52件コメント/レビュー

> ん? 政治家は、官僚と違って、選挙によって民意のチェックを受けているから安全だと?>> むしろ、だからこそこわい気がするなあ。支持率は水モノだと思います。特に付和雷同しがちな日本人にとってはでも、一番怖いのはもはや政治家ではないと考えます。小田嶋さん自身が述べられているように、もはや官僚育成機構であった東大卒の方々も>というよりも、マスコミや広告業界の社員と比べれば、キャリア官僚の得る生涯賃金は、控えめでさえある。 マスコミや広告、理系でも金融業界など、本来の期待される職には就かなくなって来てると思います。今、この水モノの日本を動かしてる・動かそうとしてるのは、政治家でも政府でもない、広告代理店・通信社・マスコミだと思案します。彼らこそ国民の信託を居らず、その割りに国民の目と耳を自負し、税金を使用し、税金から優遇されております。そして、それらを批判する事は事実上不可能です。(してもそれを広報してくれるところは無い。)(2009/02/28)

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「人事院・谷総裁はカッコいい」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

> ん? 政治家は、官僚と違って、選挙によって民意のチェックを受けているから安全だと?>> むしろ、だからこそこわい気がするなあ。支持率は水モノだと思います。特に付和雷同しがちな日本人にとってはでも、一番怖いのはもはや政治家ではないと考えます。小田嶋さん自身が述べられているように、もはや官僚育成機構であった東大卒の方々も>というよりも、マスコミや広告業界の社員と比べれば、キャリア官僚の得る生涯賃金は、控えめでさえある。 マスコミや広告、理系でも金融業界など、本来の期待される職には就かなくなって来てると思います。今、この水モノの日本を動かしてる・動かそうとしてるのは、政治家でも政府でもない、広告代理店・通信社・マスコミだと思案します。彼らこそ国民の信託を居らず、その割りに国民の目と耳を自負し、税金を使用し、税金から優遇されております。そして、それらを批判する事は事実上不可能です。(してもそれを広報してくれるところは無い。)(2009/02/28)

一番簡単なのは大リーグでもやってる「サラリーキャップ制度」の導入かな?所謂公務員の仕事の成果は増税や減税の操作を除いた税収で数量化できると思います。で、公益法人なり特殊法人なり「税金で運営を賄う企業や団体」の全ての人件費を一般財源の内の何割かに固定し、「その範囲内で分配させる」ようにすれば、働かないのに渡りで高給や退職金を取れば取るほど現役のモチベーションが下がり、官僚自体が取り分を考えねばならなくなるでしょう。今のままの制度だと直接間接問わず官僚組織の肥大化を止められない、完全に癌化した組織に税金を貪り食われるのが一番の問題。故に天下りや渡りを自ら否定させる方向へ導く「サラリーキャップ制度」の導入を考えて欲しいです。(余談だが、政治家も公僕なのでご多分に漏れず影響は受ける)(2009/02/23)

抱腹絶倒.まだまだ期待してます.官僚が許されないのは1.私腹を肥やす財源はすべて国民から巻き上げた税金に繫がっていること.2.選挙による洗礼を一切受けず、身分保障の上にぬくぬくとしていること.これがスト権との引き換えだとすると、とんでもない話で、いまどきどこの世界でストなんぞやってられますか?30年前の国鉄労組と同じつもりですか?(2009/02/16)

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