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オレオレ麻生と、ワタシの小泉

一人称(用途:公私など、立場の使い分けのアピール)

2009年2月16日(月)

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 小泉元首相は、最近の総理を論評して、

「怒るというより笑っちゃう」

 と言った。実際にちょっと笑いながら。

「これから戦おうとしている人たちに鉄砲を撃っているんじゃないか」

 とも。
 驚くべき発言だ。この微妙な時期に、小泉さんのような立場の人が漏らす言葉としては、あまりに率直だと思う。
 元首相は口を滑らせたのだろうか。
 そうかもしれない。

 でも、きっと計算ずくなのだろうな。滑らせ具合から滑り出しのタイミングに至るまでのすべてが。

 小泉さんは、口を滑らせながらそのまま滑走して行くのが上手なヒトだった。人生いろいろ。口先スケーティング。誰も追いつけない遁走劇。スラップスティックとしての小泉劇場。いや、見事な逃げっぷりだった。呆然と後ろ姿を眺めているわれわれが、格差社会の到来に気付いたのは、滑走を終えた小泉さんが劇場の裏口から消えた後のことだった。

 その点、麻生さんは口を滑らせる度に立場を悪くしている。舌先転倒。リップスリッピング。曲がった口の端から曲折を始める進路と方針。あるいは口を塞がないことで退路を塞いで行く独自の政治手法。そういえばポール・サイモンに「スリップ・スライディング・アウェイ」という歌があった。「目的地というのは、近づけば近づくだけ滑って遠ざかって行くものだよ」と。そう、大意だよ。翻訳じゃない。だからジャスラックは口を出さないでくれ。公取の排除命令に従ってしばらくは自粛していてくれ。いずれにしても、麻生さんはスリップしはじめている。おそらくそう遠くないうちにスライディング・アウェイの結末に至るだろう。足場はすでにヌルヌルなわけだから。

 今回は、麻生さんの言葉づかいについて考える。

 どうして、小泉さんは言葉を滑らせつつ時代を滑走することができて、なぜ麻生さんにはそれができなかったのか。いかなる事情において麻生氏はただただ滑落し、転落し、転倒し、なにゆえにミスター小泉は逃げおおせたのか、と、そういったあたりの機微を、特に一人称の代名詞に焦点を絞りつつ考えてみたい。

 麻生さんの発言を聞いていると、時々「オレ」という一人称が出てくる。それも、かなり唐突なタイミングで。

 「私(「わたし」、あるいは「わたくし」)」という一人称で語っている文脈の中でも、記者の質問がくだけた話題に傾いたり、あるいは、話に興が乗ると、ふと《オレ》が顔を出す。

 「オレたち」という言葉を使うこともある。

 たしか、一月の党大会でも、「公明党や経団連から励まされるのでなく、オレたちが励ますようでなければダメだ」という発言をしている。

 その時は、「麻生さんはあえて《オレたち》というくだけた言葉を使うことで、仲間意識を強調したのではなかろうか」などと論評されていたりしたが、なあにそんなに深い考えがあったわけではない。

 この人のプライベートな主語は「オレ」で、それが時々パブリックな場でも顔を出してしまうというそれだけのことだ。心の主語。アタマの中では、いつも「オレ」がものを考え、「オレ」が言葉を操っている。

 まあ、それもこれも個性と言えば個性だ。善し悪しはまた別だ。

 あるいは麻生さんは「オレ」という一人称を通じて、「庶民派の麻生」ということをアピールしているのかもしれない。でなければ、本音で語る麻生、気取らないオレ、お坊ちゃまなんかじゃねえぞなめんなコラな太郎ちゃん、ぐらいのあれこれを。

 だとすると痛ましい反動形成だが。

 なぜというに、自分専用の小学校から、付属校を通じて学習院を出た人の環境の中に、あんな伝法な下町言葉が飛び交っていたはずはないのであって、だとすれば、彼はあのべらんめえの巻き舌を、何か(お坊ちゃま批判?)に対する盾として、努力して身につけたに違いないからだ。勉強して身につけた江戸弁。やっぱり痛ましいですよ。

 「麻生太郎」という固有名詞を一人称として用いることもある。
 「麻生太郎は、かようなミスはいたしません」みたいなカタチで、だ。

 これは、選挙戦を闘った経験のある政治家に独特な言い回しではある。片思いの相手の名前をノートに書く中学生みたいに、政治家は自分の名前を連呼する性質を持っている。

 でも、自分の名前を自分の一人称として用いている人間は、実際のところ、ほかにはヤザワぐらいしかいない。ということは、これはもしかして麻生太郎の自己肥大を指し示すサインであるのかもしれない。

 何を言いたいのか説明する。私は、麻生さんが、一人称の使い方において安定しない人物であるという趣旨の話をしようと思っている。このことは、麻生さんの自己意識がいつもブレていることを意味している。セルフイメージが一貫しない人間。時に応じて退行したり、尊大になったりする困ったちゃん。

コメント16件コメント/レビュー

遅いコメントになりましたが、、、学習院の男の子は「坊ちゃんあること自体が彼らのコンプレックス」なので、わざと汚らしい格好をしたり言葉使いをしたりするのが礼儀作法と聞いたことがございます。また、父の田舎は佐賀県唐津ですが、あの地域は、江戸野山の手言葉のような丁寧語は、身分の高い方に対してもあまり使わないので結構驚きます。…単に使い慣れてる言い方をしてるだけって気がしますがどうでしょうか。(2009/05/12)

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「オレオレ麻生と、ワタシの小泉」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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遅いコメントになりましたが、、、学習院の男の子は「坊ちゃんあること自体が彼らのコンプレックス」なので、わざと汚らしい格好をしたり言葉使いをしたりするのが礼儀作法と聞いたことがございます。また、父の田舎は佐賀県唐津ですが、あの地域は、江戸野山の手言葉のような丁寧語は、身分の高い方に対してもあまり使わないので結構驚きます。…単に使い慣れてる言い方をしてるだけって気がしますがどうでしょうか。(2009/05/12)

長く、ダラダラとどうでもいい話が続いて途中は辛かった。ですが、最後の結論部分は絶賛です。(2009/02/19)

面白かった。名作系の海外文学で「物事がおおごとになるかどうかはその人の行動によるのではなく、その人の社会的ポジションによる」ってのがあったのを思い出した。麻生さんには、自分の社会的ポジションをもっと自覚してもらいたいですね。(2009/02/18)

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三品 和広 神戸大学教授