(番外編だったけど、前回から読む)
岡 この間、雑誌の取材で「リアルについて」という質問があって、そんな難しいことを僕は何年間も考えてないよ、と慌てちゃってさ。
小田嶋 リアルって、今の流行語じゃない?
岡 そうなの?
小田嶋 うん。それはリアルだよね、とか、KAT-TUNの亀梨ライクな言葉だよ。そんな知的に考えるほどの言葉じゃない。
岡 昔、流行ったじゃないか、実存主義というのがさ。
小田嶋 いや、それじゃなくて、亀梨カテゴリー。
岡 亀梨? サルトルじゃなくて?
小田嶋 サルトルじゃない。
―― なまじ教養があるがゆえに答えられなかったんですね。
岡 答えられなかったから、思わず弟に電話しちゃったもん。(「無責任なり、60年代野郎!」参照)
―― そして、ますます違うものになっていった、と。
岡 結果として、まったく、ずれちゃった恐れは確かにある。
引っ越しを繰り返し、離婚もした自分にリアルはあるか?
小田嶋 DAIGOがよく語っている、ガチで、とかいうのとそんなに変わらないよ、ニュアンス的には。それはガチだと思いますか、と聞かれたら、まあ、ガチじゃないですか、と答える、みたいな。
岡 ガチってなに?
小田嶋 ガチというのは、ガチンコでということだから。
岡 一生懸命?
小田嶋 もろにとか。マジでとか。
岡 露骨にとか?
小田嶋 そうそう、露骨にとかね。まあ、ウェブとリアルみたいな対比で、リアルと言う人もいっぱいいますけどね。
岡 そっちの対比でいうリアルって、もう100万人が話しているから、つまらないじゃない? そうじゃなくて、例えば終身雇用制とか、家族主義とか、地域共同体とか、昔は人間をがんじがらめにするシステムがあって、それが故に人は役割を演じざるを得なかった。だから、リアルとかリアルじゃないとかいう議論なんて起こる余地もなく、人はリアルに生きていたわけだ。ところが、今はそういうものが全部崩壊した。じゃあ僕は何をしてリアルと規定するのか、と困ってしまって。まあ、小田嶋は今も昔も赤羽に住み続けて、地域にはこだわっているけどね。
小田嶋 うん。
岡 離婚もしてないしさ。
小田嶋 うん。
岡 でも僕なんか、佐賀から出てきて、って、それは親が出てきたんだけど、でも親たちと東京近郊を転々として、就職した会社も辞めちゃって、離婚もしちゃったから、リアルなものを手にした、あるいはする、というような感覚がないんだよ。
小田嶋 それらを岡は自分で壊したわけでしょう、言わば。
岡 確かに自分としてはのっぴきならない理由のもとに、そこから出ていった、とも言えるから、そこには、やっぱりリアリティはあるんだけど。
子どもたちを責めないで

コラムニスト 小田嶋隆氏
小田嶋 ややっこしいよね。作るよりも壊す方にリアリティがあるというんだから。
岡 危ないのは、それを見ていた子どもたちの方だよね。親が会社を辞めていく様子を見ていた僕の長男は、今度就職が決まったんだけど、会社に一生勤めるなんて、はなから思ってないみたいで、非常に不安定な感じが最初からある。
それから家庭というものも、彼にとってはそうだ。おやじたちが壊れていったんだから、自分が壊さないという保証はない。と、彼は思っているだろう、口になんか出して言わないけど。僕自身も相次ぐ引っ越しなんかで、地域共同体の役割なんて、まったく持ち得なかったから、そういう半生の中で、リアルの喪失は確実に経験したんだよね。話はそんな方向に行ったんだけど。
小田嶋 なるほどね。でも、そんなすごいテーマじゃないよ、リアルって。
岡 そんな簡単なのか。
小田嶋 だってあいつの歌、ほら、KAT-TUNのデビュー曲で、リアルを探す何とかなんだという歌詞があったじゃない?
―― よくそんなの聴いていますね。
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