• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

19. 今迄のようなものは、もう作りたくないのです。

黒井千次スペシャル(3)『騎士グーダス』(後)

  • 千野 帽子

バックナンバー

2009年2月25日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

時間

時間』黒井千次著、講談社文芸文庫、1,121円(税込)

 日直のボウシータです。

 前回から、黒井千次の富士重工時代の短篇『騎士グーダス』を読んでいる。これまでのあらすじは前回を参照されたい。

 ところで、当時の作者・黒井は富士重工の宣伝部に所属していたけれど、主人公である宣伝部員野々洋介が勤める会社は、なにを作っている会社なのか。これが、作中では最後まではっきりとは書かれていない。

 こういう書きかたは、エンタテインメント小説ならイッパツで書き直しというか、読者の感情移入を妨げるとして、即刻業種の特定を命じられるところだろう。しかし当時の黒井千次の小説は、会社を生々しく描きながら、どこかお伽噺じみた味わいを持っていて、その味わいを生んでいるのが、この種の空白部分であることは間違いない。

 どうしてもそこが気になるという読者は、どうか、主人公の業種を想像で勝手に補ってお読みいただきたい。

*   *   *

 広告代理店のディレクター笹野が持ってきたふたつのCM案。野々は無難な第一案を退け、実験的な第二案を企画会議で提案した。

 時代はまだまだ「モーレツ」な1960年代。CMの主流はイメージ戦略ではなく、商品の具体的なセールスポイントの説明にあった。当然ながら、周囲の理解はなかなか得られない。

 無難な宣伝部長はというと、第二案のコンテにナレーションがないこと、そして部分的に空白があることに疑義を呈する。しかも部長には不可解なことに、コンテのラストは、海だか川だかわからないものが描かれている。

 野々からすれば、〈ナレーションは、このコマーシャルを見る人によってつけられる筈であった〉し、空白は空白のまま、〈野々洋介のイメイジでは、そこには冷たい音響効果の残響のみが尾を引いて細く鳴る筈だった。そこには、つねに商品は美しくそれを持つ人間は満足げにうなずき誇らしげに眼を光らせ誇らしく深刻な表情を浮かべるといった、いわば出来合いの画面は一切用意されていない〉。

 しかし、ラストが海か川かは、野々自身にすらわからないのである。〈ただ、商品から出来るだけ離れた画面が静かに長く欲しいのだ〉。

 野々の戦略は、商品サイドのつごうで、前のCMの放送期間が延長できないことを利用して、時間切れに持ちこむことだった。部長がNOをつきつけて席を立っても、追いかけて話しかけ続け、昼食の席にまで座りこむ。課長に喰い下がってトイレにまでついていく。なんというか、宣伝部員びんびん物語である(って私も古いです)。

*   *   *

 ある日野々は、机のなかに匿名の投げ文を発見した。

 親愛なるドン様
貴方は、いつの間にか鎧兜に身を固めて、お話の世界にはいってしまわれた。〔…〕騎士は闘うことが使命でもありましょう。しかし、闘うことが生活ではない人々もあまたいることをお考えいただきたい。〔…〕この国のチームワークは、一人の奇妙な騎士の出現によって崩れました。これは快いことではありません。〔…〕
もし貴方が私共の意見に耳をかされることなく、今後とも今と変らぬ闘い方をなされるならば、私共は、私共の生活を守るための闘いに立ち上らざるを得ないのです。

〈彼等は、突然奇妙な変貌をとげた彼が目ざわりなのであり、彼の存在が彼らのやり方をおびやかすために不愉快なのだ。つまり、彼等は野々洋介を消したいのだ〉。だからもう一刻も着手を延ばせない。ロケ地に向かう車の窓から、野々は破いた手紙を投げ捨てる──。

 しかし〈親愛なるドン様〉で〈騎士〉、それも勘違い野郎な騎士といえば、ドン・キホーテということになるが、ドンというのはそれ自体が「~殿」という尊称なので、ドン様はちょっと変だ。

*   *   *

 さて、この実験的なCMがはじめてオンエアされる晩、野々と笹野は行きつけの喫茶店のTVでそのオンエアを見ていた。

 この場面、夜の小さな喫茶店に〈若い客がひしめくように坐っていた〉と書いてある。喫茶店が都市部の社交場だった活気に満ちた時代があったんだなあ。

 〈誰も見ていないね〉と呟く野々に、笹野はいったん〈こんなところで、コマーシャル見る奴はいませんよ〉と言ったが、〈いや、今頃、宣伝部の電話はなりっぱなしかもしれませんよ〉といたずらっぽく目を光らせた。

コメント0

「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官