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「自由」に「やはらか」とルビを振った男~『宮本武蔵──「兵法の道」を生きる』
魚住 孝至著(評:尹 雄大)

岩波新書、740円(税別)

2009年3月3日(火)

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宮本武蔵──「兵法の道」を生きる

宮本武蔵──「兵法の道」を生きる』 魚住 孝至著、岩波新書、740円(税別)

「小次郎、敗れたり」

 汀に駆け寄り、抜刀するや鞘を捨てた佐々木小次郎を宮本武蔵はそう痛罵した。約束の刻限を過ぎ、ただでさえ焦れていた小次郎は平静を失った。そこを武蔵は木刀で打ち据える。小説や映画で知られる巌流島の戦いのクライマックスだ。

 この逸話に武蔵の勝負への執念を見る人は多い。だが史実は、定刻通り果たし合いは行われ、悠長なやり取りもなかった。武蔵の養子・宮本伊織の建立した碑文には、こう記されている。「両雄同時に相会し(略)武蔵、木刀の一撃を以つて之を殺す。電光猶ほ遅きがごとし」。

 現代に宮本武蔵の名を知らしめた作品として、吉川英治の小説『宮本武蔵』は外せない。吉川も作中で冒頭の巌流島のエピソードをなぞっている。同作は戦前、教養小説として読まれ、前線に赴く兵を鼓舞したほど国民的支持を得たが、吉川は小説を真実として捉えられることに困惑したか、「これこそほんとの史実だと信用できる武蔵の記録というふものは、これは又いくらもないのだ」と述懐している。

 誰もがその名を知っていても、武蔵が何者なのかは実はあまり知られていない。そこで著者は、資料を突き合わせ、虚実を分別し、「これまで十分に理解されてこなかった武蔵の思想の真価」が結実している『五輪書』の意義を解明しようとする。

 武蔵を語る数少ない資料のうち、代表的なのが『武公伝』と『二天記』だ。最晩年の武蔵を客分として遇した熊本藩の筆頭家老・長岡家に仕えた豊田正剛は「十八世紀初期に武蔵の資料を集めるとともに、直弟子たちにも取材して聞書を残していた」。

 それを息子の正脩が『武公伝』としてまとめ、さらに孫の景英が『武公伝』を整理し、『二天記』とした。すでに武蔵の死から130年余経っており、両書を比較すると『二天記』では、武蔵の書状とされていた内容も、実は『武公伝』の「地の文だったものとほぼ同じ」であり、また小次郎の姓を「佐々木」としているのも歌舞伎『敵討巌流島』の「佐々木岩流」から名付けた疑いがあるなど、「創作が相当に混じったものなのである」という。

つい脚色したくなる異形の人

 巌流島の決闘についても、両書では情報源に相違があり、伝聞内容に全幅の信頼を置くことはできないようだ。

 また『武州玄信公伝来』も武蔵の消息を尋ねる上で依拠される資料だが、著者はこれを〈武蔵没後七十年以上経ってから、生前の武蔵とは関係のない地で作られた伝記〉としている。江戸期には、〈伝記で不明な部分はまことしやかに創作する『実録』という形式〉があり、『武州玄信公伝来』もその傾向が見られるという。

 だが、翻って著者の指摘を鑑みると、江戸の人間にとって、武蔵は脚色せずにはいられない、異形の人物として受け取られていたのではないか。

 たとえば、武蔵は京都の兵法家・吉岡一門との勝負を終えた後、24歳前後で「円明流」(父・新免無二より学んだ当理流を基礎に創始)を名乗のるが、その頃、「他には類例のない実戦的な心得」を説いた『兵道鏡』という伝書を著している。

 それは〈立ち合いの時に、声高く、顔赤く、筋立って太刀を持つ敵は下手であるから、笑って敵が訝しく思ったところを打て〉といった、どこまでも身体と生理に即した内容で、実戦を通じて得た経験があくまで術理として生々しく表現されており、「剣聖」と呼ばれる武芸者の境地とはまったく異なった相貌が窺える。

 かといって、武蔵は「決して才を頼んだだけの荒々しい勝負師」ではなく、また武者修行に明け暮れるあまり社会から逸脱したバガボンドでもなかった。

 1610年の小次郎との試合以降、武蔵は自身の六十余の真剣勝負を振り返り、「兵法至極してかつにはあらず」と反省し、「なをもふかき道理」を得るための研鑽に入ったとされるが、行方はわからなくなる。

 武蔵が公式記録に不意に姿を現すのは5年後の大坂夏の陣だ。大和口方面軍の総大将を務めた徳川譜代・水野勝成の出陣名簿『大坂御陣之御供』に「宮本武蔵」の名が認められる。

 しかも勝成の嫡男・勝重の「護衛の役割を期待されて」参陣しており、いつしか一介の武芸者ではありえない社会的地位を確保していた。

 活躍の場は戦だけではなかった。

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