
『草食系男子の恋愛学』 森岡正博著、メディアファクトリー、1000円(税抜き)
何やら「草食系男子」に肉食女子が食いついている。
新しい男性の生態を表すこのキーワードの初出は、実は日経ビジネスオンライン。深澤真紀氏が3年前、「U35男子マーケティング図鑑」の中で、異性に対するガツガツとした肉欲感に乏しく、据え膳さえ食わぬ今どきの若者たちを「草食男子」と命名したことがきっかけとなり、女性の間で“ブレイク”した。
一定の距離を置いて草食男子をウォッチングしている深澤氏はともかく、ブームのようなものに乗った形の一般女子は「今まで恋愛対象外だったけど、案外悪くないかも」と色めきだっているフシがある。
さて本書は、哲学者である著者によれば、「好きな女性に振り向いてもらうため」の本である。深澤氏のイメージする草食系は女子を口説かない人。でも、本書では、ちょっとニュアンスが異なり口説けない人である。とはいえ、「異性と肩を並べて優しく草を食べることを願う」「新世代の優しい男性」である草食系男子に、どうすれば数多くの女性とセックスできるかを手ほどきするわけではない。「モテ本・モテマニュアル」とは一線を画す。
「誠実さ」を貫け
本書のスタンスは「これ以上ないほど初歩的」というものだ。
すなわち、女性の身になって考えるとは、どういうことか。女性から見て魅力ある人間になるには、どうすればいいか。
ひどく真面目である。今さら……、というのが正直な感想だ。しかし、読み進めると、著者の語りには腹落ちすることが多い。そして、あることに気づく。この本は秀逸なビジネス書なのではないかと。
女性の心を開こうとするアプローチは、顧客の心を掴もうとする作業に極めて似ている。また、上司への気の配り方や同僚との人間関係などにも十分に応用可能である。
例えば、本書中の「女性」という記述を、「顧客・クライアント」と置き換えてみよう。場合によっては、「上司」や「同僚」でもいいかもしれない。
顧客の身になって考えるとは、どういうことか。顧客から見て魅力ある人間になるには、どうすればいいか。
社会人の基本。きっと新人社員研修あたりで真っ先に習うことではないか。でも、顧客満足度を高めることは、昔も今も企業のハードルである。
著者は書いている。
〈(モテ本に書いてある)モテるためのテクニックはしょせん借り物にすぎないから、いずれ化けの皮がはがれてしまうだろうし、その人の内面からにじみ出てきたものではないから、女性に深い感動を与えることがない〉
モテ本と同様に、安直なビジネス本も掃いて捨てるほどに出版されている。本の受け売りの仕事の知識やスキルも、借り物。それで顧客を納得させられるほど世の中は甘くはない。
大切な顧客に振り向いてもらうためには……。まず、女性が男性に求めるのと同じで「誠実さ」を貫くことである。
〈心の中の誠実さを具体的な行動に表して、女性へと届けるための技術が必要である〉
顧客も、この誠実さという安心感を求めている。たぶん。
聴くことは伴走すること
安心感の第一歩は、挨拶。「こんにちは」である。著者の最初の主張は、あまりにセオリー通りだが、軽視してはならぬ。「あなたがここにいることを、私はきちんと認識していますよ」という肯定的なメッセージを発する意味があるからである。テキトーでは、いけない。
次は、雑談。とくに重要でもなく、結論もオチもないような会話。しかし、それが女性、ひいては顧客の安心感にもつながるのである。
〈雑談をすることで、二人のあいだに、リラックスした雰囲気が出来上がる。(略)また、雑談をしているあいだに、女性は男性の仕草や表情などを細かくチェックすることができる。そして、目の前の男性が自分に危害を加えるような男ではないことを、実感を持って確かめることができる〉
顧客のみならず、重要な社内外のパートナーとの言葉のキャッチボールの頻度とコントロールが信頼関係のベースとなることは、ビジネスマンなら誰もが感じているはずである。
「女性のペースで一緒に走ること」を実践する典型的なデート場所があります。東京ディズニーリゾートです。ランドもシーも、一日累計で10キロはずっと共に歩き、走り、待ちます。10キロ、10時間以上を「伴走」し、コミュニケーションが取れれば、その恋愛は成功すると考えます。(2009/03/12)