『バレンボイム音楽論 対話と共存のフーガ』ダニエル・バレンボイム著
現代最高の指揮者、ピアニストの音楽論である。ダニエル・バレンボイムは音楽と社会の関わりについて、極めて知的な発言をし、実践をしてきた。その実践の1つはパレスチナ問題であり、パレスチナ人思想家エドワード・サイードとの共著で、『音楽と社会』を著し、その質の高さはバレンボイムの知的水準の高さを印象づけた。
バレンボイムの社会的メッセージの発信は、並みいる名演奏家たちの及ぶところではない。さらに、パレスチナ人とイスラエル人の混交するオーケストラでの指揮をした。この演奏は大きな反響(あるいは反感)を呼び、大きな論争を巻き起こした。なにしろ演目にワグナーを選んだのだから。ナチスドイツの政権下では、ヒトラーが心酔していたワグナーは、誰もが知るように反ユダヤ主義の頭目だった。
ユダヤ教との総本山イスラエルで、ワグナーを演奏することが放つメッセージの強さを、バレンボイムが十分に計算し尽くしてコンサートだった。
バレンボイムはサイードと共に、メッセージ性をさらに強めるために若い音楽家たちによるオーケストラを編成した。そのオーケストラの名はウエスト=イースターン・ディヴァン・オーケストラという。この命名はゲーテの『東西詩集』によるものだ。このオーケストラではイスラエル人、パレスチナ人(広くアラブ諸国)の若い音楽家を集め、同じ楽譜を演奏する。
「アラブ人の奏者とイスラエル人の奏者が同じ譜面台を一緒に使う様子を目にし、心のたかぶりを覚えた」
とバレンボイムは書いている。このオーケストラはゲーテゆかりの、ドイツのワイマールで結成され、ゲーテの『東西詩集』はバレンボイムとサイードの結成した新しく若々しいオーケストラの理念のシンボルだった。
オーケストラの奏者は2つのことを同時にしなくてはならない。たとえばパレスチナ人のビオラ奏者は、自分で奏でる音を聞きながら、隣のイスラエル人のバイオリン奏者の音も同時に聞いて、美しいハーモニーをつくり出さなくてはならない。
バレンボイムはこれまで、いかなる大国の首脳も成し得なかったパレスチナとイスラエルの両者の、お互いの声に耳を傾ける、というハーモニーをつくったわけである。
音楽のハーモニーの力を改めて感じさせられた。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










