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22. 〈日本列島を、諸君に頼みますよ。〉と同窓会で教授に言われたら

黒井千次スペシャル(6)『時間』その3、そして『五月巡歴』へ

  • 千野 帽子

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2009年3月18日(水)

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時間

時間』黒井千次著、講談社文芸文庫、1,121円(税込)

 日直のボウシータです。引き続き、黒井千次の『時間』(1969/講談社文芸文庫『時間』所収)を紹介したい。これまでのあらすじは前回前々回をお読みください。

 昇任資格試験を無事通過した〈彼〉だったが、以前提出したレポートに〈彼〉の判断で営業部に不都合なデータが明示されているのを見て、営業部長は〈彼〉と課長を呼びつけた。営業部長はいきなり甲高い声で詰問してくる。

 ──これはどういうつもりで書いたものなの。〔…〕
 ──部長、当社の営業部があって、それから市場があるのではなく、マーケットがあるからわれわれの営業も成立しているのだと思いますが。〔…〕
 ──需要は我々がつくり出すものだということを、君は知らんか。
 ──需要はつくり出すものではあるでしょうが、それはトータルマーケッティングにもとづく商品計画から出発しなければならぬ筋合いのものでしょう。

 〈彼〉の正論が実社会でなかなか通りにくいことは、「現場」を知る人ならよくご存知だろう。とりわけ前々回に指摘したような、和を尊ぶ擬似(大)家族的な傾向のある当時の日本企業では、いまよりももっと難しい話だったと考えなければならない。

 作中で、三日間の〈新任課長資格者の泊り込み講習会〉という言葉が出てくる。最近の会社がこういうことをしているのかどうかわからないが、きっと新任課長資格者が自己啓発経典を朗誦したり、水垢離したり火の上を歩いたりとかするのだろう。

 営業部長との対立のあと、営業部の下木内と顔を合わせると、課長昇進を控えてるんだからおとなしくしてろ、と下木内は善意から警告してきた。〈下木内の現実論が、実際には企業の中で通用する言語かもしれなかった〉(下線部は原文では傍点)。

 しかも、〈彼〉のレポートに肯定的だった原島部長も、いざという局面では味方してくれない。〈彼〉は昇ったあと梯子をはずされた格好になったわけである。

*   *   *

 ゼミの寺島教授が交換教授として二年間英国に滞在することになり、同窓会が繰り上げられて月末に送別会の形で行われることになった。

 その前夜、いつもより早く帰宅した孤立無援の〈彼〉は、家の洋服箪笥の前に、変色しかかっている浅黄色の古びたレインコートが放り出されているのを見て驚く。

 ──これはなんだい。
 彼の声は思わず高くなっていた。
 ──ごめんなさい。服の入れ替えが終らなかったものだから。
 部屋にはいって来た美枝が、気軽に彼の手からレインコートを受け取ろうとした。
 ──いや、これはなんだ、ときいているのだ。〔…〕
 ──むかし、貴方がずうっと着ていたレインコートよ。

幾度もクリーニングに出して、もう裏地もぼやけ、防水しなおしたのに水に弱いレインコート。

 そうだった。この重くて長いレインコートを着て、春の雨をおして通学し、大学祭の銀杏の木に降る雨から身を守り、あるいは地方工場の雨のメーデーに出かけ、そして美枝と何度もデートしたのだった。ここしばらく彼に取り憑いていたコートの男の強迫観念は、いわば「青春時代の彼」からの呼びかけだったのである。

 この場面読んで、ボウシータ不覚にもちょっと泣いちゃったよ。

*   *   *

 翌日の同窓コンパでは、〈彼〉より七、八年若い見知らぬ男が同窓会を〈ビジネスの為の網を打つ場所〉と心得て、名刺交換に余念がない。〈先輩後輩のコネクションを通じて各種の情報や知識を入手すること〉の必要を説く功利的なその顔には、〈名刺の記載事項からはみ出すものは何も持ちあわせていないようにみえた。単純な〈現在〉のみがのっぺりとそこにひろがっている〉。

 〈それがわが高度経済成長の実態なのか。〈現在〉の亡霊となることによってしか、俺たちの労働は充たされることが不可能なのか〉。

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