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捕鯨論争をはじめる前に~『クジラは誰のものか』
秋道 智彌著(評者:山川 徹)

ちくま新書、740円(税別)

2009年3月26日(木)

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評者の読了時間4時間30分

クジラは誰のものか

クジラは誰のものか』 秋道 智彌著、ちくま新書、740円(税別)

 クジラは誰のものか──。本書のタイトルを目にした瞬間、ある風景が浮かんできた。

 長崎県の西に広がる東シナ海に浮かぶ宇久島。周囲約38km。人口約3500人。五島列島最北端の小さな島だ。

 島の玄関口・宇久平港には、捕鯨砲が飾られている。台座には、こんな文言が記されている。商業捕鯨時代の最盛期、宇久島から150人もの男たちが捕鯨船に乗り込み、クジラを追って南氷洋に向かった、と。

 宇久島を歩くと、ここに暮らす人々がいかにクジラと密接に関わってきたかが分かる。かつて捕鯨船に乗った男たちの墓石の隣には、小さな石塔がある。彼らが殺めたクジラの墓だ。霊園には、「鯨千頭の墓 大正十三年十二月吉日」と彫られた一抱えほどの苔むした自然石もあった。

 江戸時代から近海でクジラが捕られていた五島列島をはじめ、宮城県鮎川、千葉県和田、和歌山県太地……。この数年、私は捕鯨にゆかりの深い町を旅してきた。宇久島に渡ったのは、ちょうど1年前。毎年春、港にほど近い東光寺で行われる「鯨魂供養祭」を見学するためだった。

 20年ほど前までは、50人以上も集まったというが、この年の参加者は十数人。最年長は、大正生まれの80代。最年少は、高校を卒業し、調査捕鯨船を運航する会社に就職が決まったばかりの18歳。現役の捕鯨船員は、4人だった。

 経が響く境内で、過去にクジラを追った老人たちが、そして、これから海を目指す男たちが、供養塔に手を合わせて順番に焼香していく。

 宇久島で見た風景には、クジラとともに生きてきた人々の歩みが刻まれていた。

 今、捕鯨というと調査捕鯨の是非が真っ先に論じられる。

捕るか、保護するか、二者択一の問題ではない

 商業捕鯨再開を目指す日本が、クジラの数や生態を知るため、南氷洋での調査捕鯨をはじめて20年。日本の捕鯨は、アメリカやオーストラリアなどの反捕鯨国から批判されている。

「年間1000頭以上もクジラを捕るのは、調査を隠れ蓑にした商業捕鯨なのではないか」「いや調査はきちんと行っているし、数が増えているクジラについては捕っても問題ない」「クジラを殺すのは残酷だ」「ウシやブタが良くて、何でクジラだけがダメなんだ」……。

 捕鯨を巡る議論は対立を深め、複雑に絡み合ってしまい、解決の糸口は見えていない。捕鯨を調べていくと、どちらの言い分が正しいのか判断できない場合もある。

 そんななかで文化人類学者の著者は、歴史、文化、環境、経済、政治、信仰などあらゆる面から捕鯨問題に光を当てていく。とくに日本各地だけではなく、アジアの国々や海外の先住民を対象にした調査は、クジラと人間の関わりの「多様性」を考えさせられる。本書は、捕鯨擁護の立場をとっているけれど、テーマ別に論じているため絡まり合った議論を整理するのにちょうどいい一冊だった。

 著者は、対立するふたつの立場を次のように解説している。

 ひとつは、クジラを資源と考える立場で、人が有効に利用するためどんな方法をとるかという視点を持つ人々。もう一方の立場は、クジラを人の仲間あるいは保護すべき存在と考える人々だ。

 捕鯨論争というと、捕るか保護するか、二者択一を迫られる印象がある。しかし、そこだけに収斂すると重要なものを見失ってしまうと著者はいう。捕鯨問題を巡る議論が成立する前提をこう語る。

〈クジラの種類ごと、あるいは地域や文化ごとに問題を絞る必要がある〉

 種類によっては頭数が増えているし、逆に商業捕鯨時代の乱獲のダメージから回復していないクジラもいる。反捕鯨国であるアメリカでも、アラスカで生きるエスキモーは、古くからクジラを捕獲して食べるだけではなく、クジラのヒゲを雪上を移動するソリの板やコップなどに加工してきた。

 以前、私は「捕鯨は、日本の伝統文化だ」という捕鯨擁護派の主張にすっきりしないものを感じていた。

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