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「テレビの生きる道」を歩んだ男と女~『久世光彦vs.向田邦子』
小林 竜雄著(評者:近藤 正高)

朝日新書、700円(税別)

  • 近藤 正高

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2009年3月27日(金)

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評者の読了時間3時間22分

久世光彦vs.向田邦子

久世光彦vs.向田邦子』 小林 竜雄著、朝日新書、700円(税別)

 いまから15年前、「笑っていいとも!」に、小説家としてデビューしたばかりだった、演出家の久世光彦がゲスト出演したときのこと。

 「直木賞、残念でしたね」という司会のタモリに対して、久世が「でも、山本周五郎賞はいただきましたから」といっていたのが妙に記憶に残っている。少なくとも当時高校生だった僕には、その態度を見て、直木賞落選をとくに悔やんでいるふうには思われなかった。

 だが本書によれば、実のところ久世は複雑な心境を抱いていたようなのだ。このとき直木賞の候補にあがったのは、江戸川乱歩を主人公にした長編『一九三四年冬──乱歩』という、久世にとって初めての小説だった。同作が山本周五郎賞を受賞したのは直木賞候補にあがる前月(1994年6月)のことである。

 久世は直木賞について、落選直後、朝日新聞に連載していたエッセイの最終回で次のように書いている。

〈自分が出会うなんて予想もしていなかったものは、やっぱり、ついそこまで来ていて、スルリと小脇をぬけて行った。世の中よくしたものである。もしそんなことになっていたら、私は年甲斐もなく浮き足立ち、みっともなく増長にしていたに違いない〉

 やせがまんのように思えなくもないが、ともあれ、このときから久世にとって直木賞は大きな目標となったという。ただ、結果からいえば、2006年3月に急逝するまで彼は直木賞を受賞する機会には恵まれなかったのだけれども。

 1935年生まれの久世は、東大文学部在学中、小説家になることを夢見ていたという。ところが同い年で親しくしていた大江健三郎が1957年に「奇妙な仕事」でデビュー、翌年には「飼育」で芥川賞を受賞したのをきっかけに、その夢をいったん断念してしまう。

 大学卒業後、久世は1960年にラジオ東京テレビ(現TBS)に入社、ディレクターやプロデューサーとして「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「悪魔のようなあいつ」「ムー一族」など数々の名作ドラマを世に送り出すことになる。

 その久世が、還暦を目前にしてふたたび小説に取り組んだのはなぜか。そこには、彼がドラマづくりにおいて何度もタッグを組み、深い親交のあった脚本家・向田邦子の存在があった──。

「小説家」向田邦子への嫉妬

 著者は、自身も脚本家として久世とも少なからず接点を持ち、また向田邦子については『向田邦子 恋のすべて』『向田邦子 最後の炎』(いずれも中公文庫)などの著作で、すでにその人生と作品の謎に迫っている。本書は、そんな著者が満を持して久世のテレビマン、そして作家としての人生を向田との関係からたどったものだ。

 久世と向田、両者の出会いは1963年、森繁久彌主演の連続ホームドラマ「七人の孫」にそれぞれアシスタント・ディレクターと脚本家の一人として携わったことにさかのぼる。向田は映画雑誌の編集者という前歴から脚本の素養はあったものの、ホームドラマについてはそのイロハも知らなかった。そこで久世が構成など基礎を教えることになる。

 久世が「七人の孫」の第2シリーズから演出家として一人立ちすると、向田も脚本家グループのなかでも有力な書き手としてめきめき頭角をあらわし、やがて先述の「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などのヒット作を次々と生んでゆく。

 その後、向田は小説を書き始めるのだが、久世はそれに対し「コツ」だけで書かれているとして、いわゆる「小説」とは見なさなかった。1980年に彼女が『思い出トランプ』に収録した3本の短編で直木賞を受賞したあとも、次のようなちょっと揶揄したコメントを残しているという。

〈小説を書いて賞をもらって、あの時は円形舞台の幕がワァーッと上がったという感じだったと思うね。非常にかわいく浮き足立っているというか、恍惚と不安というかね〉

 そういいながらも、久世は後年、50歳をすぎてエッセイを書き始めたのは「向田邦子への嫉妬」があったからだと、山本夏彦との共著『昭和恋々』の序文ではっきり認めている。いわく、めったに人をほめることのない山本が、向田のエッセイを絶賛していたのがうらやましかったのだと。

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